第3話 風に頼る技術者たち(洗浄液の告発)

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―現場の風は、汚染の風になった―

企業名役割と直面する問題
アストロ工業社精密プレス部品サプライヤー。無許可の「エアブロー」を常態化させ、二重の汚染を引き起こした問題の根源。
アルパウト社(旧X社)既存顧客。基板ショート再発。製造ラインで異常な落下カスを検知し、アストロのエアブローが原因と判明。
ニソー社(旧ノロマ工業)新規顧客。「洗浄レス」を理念とし、化学薬品ゼロを誇るが、納品部品から洗浄液成分を検出し、化学的汚染を告発。

序章:静かな増産と、見過ごされた風

ナレーション(静かに)
あの「斜面抜き対策」から、二年。
パンチの角度を鈍角に変えたことで、刃先の干渉は消え、
金属の流れは、まるで風のように滑らかになった。

バリは減り、トリムは美しく、
現場は久しぶりに“穏やかな風”に包まれていた。

だがその静けさは、嵐の前の無風だった。

ケニ(金型の前で)
あの時の“逆抜き構造”……成功したと思ってたんだ。
でも今、抜けカスが変だ。微粒が多い。
摩耗でも変形でもねぇ、……これは、空気が関係してる。

スチール猫(エアガンを構えて)
にゃっは〜! シューってやると、全部飛ぶにゃ!
“カスもストレスも風でリリース方式”だにゃ!

ケニ(眉をしかめて)
お前な……飛ばしたカスは消えてねぇんだぞ。
見えなくなっただけだ。

トワ(腕を組んで)
つまり、“視覚的清浄”。
目に見えなくなれば“きれい”と思い込む。
……人間の“盲風”だな。

ナレーション
エアブローは便利だった。
手間を減らし、作業を早め、音で“安心”を与えた。

だが、風は思考を鈍らせる。
——それは、見えぬものを“無かったことにする風”。

そしてその風は、やがて境界線を越えていった。


Scene 1:ニソー社からの静かなる警告

昼下がりの会議室。
営業が駆け込む。

営業「ニソー社から報告です! 納品部品に異物が付着、全ロット返品の恐れが!」
技責「異物? 外部の塵だろ?」
営業「違います……。化学洗浄液の成分が検出されました!」

ナレーション
ニソー社の製品は、“洗浄レス”が理念。
薬品も水も使わない。
それが信頼の証だった。

だが、その“洗浄レス製品”に、
洗浄液の成分が付着していた。

スチール猫(目を丸く)
洗ってないのに洗浄液!?
にゃんだそりゃ、“クリーンの裏切り”だにゃ!

トワ(タブレットを操作)
……これを見ろ。
アルパウト社向けのエアブローライン、
隣の乾燥ゾーンがニソー社製品だ。
空調の流路、共通だな。

ケニ(低く)
つまり……アルパウトの部品をエアで吹いた時、
風が“隣の製品”へミストを運んじまったってことか。

スチール猫(ホースを指差し)
風が越境したにゃ! “無断入国エア”だにゃ!

トワ(冷たく皮肉を込めて)
風にはビザも倫理もない。
人間が決めた“区画”なんて、空気分子には関係ない。

ナレーション
ニソー社の分析結果——
検出された塩素系溶剤の化学構造は、
アルパウト社の洗浄液と一致していた。

それは、“便利な風”が越えてはならない一線を越えた証拠だった。


Scene 2:アルパウト社の断罪

その翌日。
アストロ工業の会議室に冷たい風が吹いた。

アルパウト部長(淡々と)
「貴社のエアブロー、確認しました。
 無断実施ですね。
 結果、我々のラインでは落下カスが激増。
 ブラシ処理と再洗浄で、生産効率は半減です。」

技責(焦りながら)
「それは一時的な処置で……品質を守るための——」

アルパウト部長(机を叩く)
「飛ばしたカスは、必ず戻る!
 “見た目のきれいさ”に酔った技術ほど、醜いものはない!」

ナレーション(深く)
アルパウト社の基板ショート。
炉内で溶けた金属粉が再付着し、回路を短絡させた。

つまり、アストロの“風”が、
汚染の弾丸となって飛んでいたのだ。

スチール猫(目を丸く)
にゃ、アートだにゃ! “焼き付きアブストラクト現象”!

トワ(冷徹に)
笑うな。
粒径3ミクロン、初速20m/s。
空気抵抗より浮遊力が勝つ。
一度跳ねた粒子は、三度浮遊する。
つまり、飛ばすたびに汚染範囲が倍増する。

ケニ(苦く)
“きれいに見せる風”は、技術じゃねぇ。
“逃げる風”だ。

トワ
人は“風を吹かせてる”つもりで、
いつの間にか“風に吹かれてる”。


終章:崩壊と覚悟

技責
「……金型を開けてくれ。ケニ、君の言った通りだ。
 費用は問わない、カスを根絶してくれ!」

スチール猫(涙目で)
ケニ殿、やっと風が変わるにゃ!

トワ(薄く笑い)
“金型の聖域”が破られたか。
怠惰は、真実の風でしか吹き飛ばせない。

ケニ(工具箱を開けながら)
風を止めるだけじゃ意味がねぇ。
風そのものを要らなくする。

カスは風で飛ばすもんじゃねぇ、
発生源を潰すもんだ。

各ステージ、各工程。
微細カスが“どこで生まれ”“どこに溜まる”のか——
順送全体を洗い出して、根から絶つ。

押し、抜き、曲げ、絞り。
一つひとつの工程で“生む”カスをゼロにすりゃ、
吹く理由なんざ、なくなる。

ナレーション(補足)
ケニの視線は、風の流れではなく、金属の流れを追っていた。
圧縮空気の制御ではなく、塑性変形の真の姿を見ようとしていたのだ。

スチール猫(はしゃぎながら)
にゃは! じゃあ新プロジェクト名は「無風地帯計画」だにゃ!

トワ(冷静に)
……その名、ちょっと死語感がある。

ケニ(苦笑して)
まぁいいさ。風が止まった時、
“本当の加工”が見えてくる。

スチール猫なんて横で感動して鼻息でミスト飛ばしてる

トワ「……結局、風出してんじゃねぇか。」


終幕:見えない風への問い

ナレーション(叙情的に)
現場には、今も「シューッ」という音が響く。
それは作業のリズムであり、誤魔化しのリズムでもある。

エアブローは、バリを飛ばし、粉を払う。
だが同時に、責任をも吹き飛ばす。

飛ばされた粉はどこへ行く?
製品に再付着し、
別の製品に移り、
あるいは作業者の肺へ沈む。

それを誰も知らない。
誰も調べようとしない。
——それでも、風に頼る。

ケニ(静かに)
“飛ばす”ことは解決じゃねぇ。
“出さない”ことが技術だ。
製品排出は、重力で落ちるのが基本。
エアに頼る設計は、思考停止だ。

トワ(皮肉っぽく)
重力は裏切らない。
でも人は、自分の都合で“風”を正義にする。

スチール猫(ポンプを握りながら)
にゃ、じゃあオレたち“風族”は改宗だにゃ。
次から“吸引教”に入信するにゃ!

ケニ(吹き出しながら)
お前は宗派以前に掃除しろ。

ナレーション(締め)
笑いと汗の中で、風は今日も回っている。
だが、その一部は確かに変わった。

“便利の風”から、“誇りの風”へ。
——非凡な技術者ケニの問いは、
今も現場の空気を揺らしている。

その風が、再び清浄になる日はまだ遠い。
だが確かに、その風は真実の方向へ吹き始めていた。