ナレーション:
これは「カス上がり」単体の技術メモじゃない。
これは、アストロ工業がいつの間にか「金型を持たない金型屋」になってしまった、その現場で起きているゆるやかな崩壊を、現場側の視点でぜんぶ書き出した記録だ。
順送型の中で起きた小さな打痕ひとつが、実は「中国丸投げ体制」「検査データ丸呑み文化」「現場が上げない風土」「金型Grの尻ぬぐい専任化」みたいな、会社全体の習慣につながっていた。
今日はそれを、プレス解析庵の面々—ケニ、スチール猫、トワ、そして三羽ガラスほかに全部しゃべらせる。
第一幕 「金型もう作ってないよね?」会議室に全員集合
ナレーション:
舞台はアストロ工業 本社2階の狭い会議室。
テーブルには、現場で使ってるはずの中国製の順送型の写真コピー、目丘アラサプライズ社からのクレームメールのプリント、工務が作った今日中にやってのスケジュール表が雑に積んである。
呼ばれたのはいつもの面子+いつも責任を回してくる人たちだ。
- ケニ(現場の魂・今回の原文を書いた人)
- スチール猫(なぜかいる。呼んでないのにいる)
- トワ(スチールカピバラ。今回は毒多め)
- 三羽ガラス(製造部長・技術部長・品証部長)
- 工務係長(納期ばっかり言う人)
- 営業部長(「中国はOKって言ってます」を言うためにいる人)
- 中国駐在員(オンライン)
- 金型外注メーカー・武埜製作所の社長(遅れて入る)
- 佐倉 航(若手の吸収係)
- 現場オペレーター(「前からこうです」担当)
ナレーション:
テーマはひとつ。「なぜ、最初からカス上がりしてた金型が、そのまま日本に移管されて量産まで回ってしまったのか」。
製造部長:
「じゃあ始めよう。例の目丘アラサプライズのカバーのやつ、また二次加工で打痕が見つかった。3,000に3個。7,000で9個。数としては少ない。が、客先は最初からあったよねこれ?って言ってる。で、こっちも最初からあったかもな…と内心思っている。…この状態をどうにかしたい。」
営業部長:
「えーとですね、まず最初に言っておきたいんですが、中国側のトライではOKもらってます。現地の検査データもきちんと提出されてて、それを確認して、本社として移管OKを出してます。ですから、そこは……」
ケニ:
「おい営業。ですからじゃない。お前らが図面だけを中国に投げて、中国がOKって言ってたって言って戻してきたやつを、俺らはほんとに日本の量産で回るのかを見ないままサンプル作らされてんだよ。そこをですからで終わらすな。」
スチール猫:
「にゃるほど~。お前らが丸投げした金型を、俺らが丸呑みさせられてるってことだな。丸投げ→丸呑み→丸腰。まるまるまるで、ここはマル秘工業か。」
トワ:
「黙れ猫。語呂でごまかすな。
今回の問題のコアはそこじゃない。中国が悪いでも海外がダメでもない。
『アストロ工業の金型技術が、アストロ工業の金型に注入されていない』
ここだ。
受注→見積→中国丸投げ→現地トライ→中国が作った検査票を日本が信じる→移管OK
この一連にアストロとしての型設計思想・過去トラ・経験値が一切入ってない。入れようとしてない。ここを直さないと、何回でも今日と同じ会議をやる。」
技術部長:
「でもなぁトワくん、中国側にうちの仕様そのまま出したら、金額跳ね上がるって駐在から聞いてるんだが?」
中国駐在員(オンライン):
「そうです。日本側の仕様書を全部出したら、現地の見積は2倍、3倍になります。だから、今のままの丸投げでやってるんです。」
ケニ:
「それ、10年言ってるよな。
仕様を出したら高くなるから出さない
高くなるから指示しない
結果、こういう【あとで日本で直す前提の金型】が量産ラインに乗る。
だったら最初から日本で直す金型として工数見積れ。なんでできてくる前提でお前らは話す?」
ナレーション:
この段階で、現場側(ケニ・佐倉)は「やっぱりな」モード、三羽ガラスは「止めたくない」モード、営業・駐在は「俺らは手順通りやった」モードで見事に分断されている。
この分断こそ、ユーザーが書いてた「誰も責任を取らないまま日本が尻ぬぐいする構造」だ。
第二幕 「遅れてくる現実」とイベントが終わると忘れる病
ナレーション:
アストロ工業の悪い癖は、問題が見えたタイミングが一番遅い人に、最後の責任が飛ぶところにある。
つまりこうだ。
- 中国でトライ → OKと言ってくる
- 日本でサンプル作る → 現場は「あれ?カス上がりあるぞ」と思う
- でも今サンプル出さないと納期が終わるのでスルー
- 検査が測る → NG
- ここで初めて金型Grに「これ直して」+「今日中に」
- 直したあとイベントが終わる
- 全員忘れる
- 量産が始まる
- 品証が「やっぱりNG」
- 「誰だよOK出したの」→ 全員ちょっとずつ悪いので誰も謝らない
ナレーション:
これをケニに言わせるとこうなる。
ケニ:
「なぁ。
毎回さ、金型の悪さを完全に知るのは、現場から打ち上げられた時だけなんだよ。
本当は、現場が最初のサンプルの時にこれは量産じゃ無理ですって上げてくれたら、俺らも構造から見れる。
でも現場はこのくらいは自分が見ればいいって黙る。
営業は中国はOKって言ってましたよって言う。
工務は納期あるんで今日はもうこのまま行って下さいって言う。
で、最後に俺らに来る。
これを何年やるんだ?」
現場オペレーター:
「いやぁ~…だって最初から中国のツールってこんなもんじゃないですか?
ちょっとしたキズとか、ちょっとしたカスとか、今までもありましたし。
今回はたまたま二次加工で見つかっちゃったってだけで……」
スチール猫:
「出たー!今までもありましたし!
このセリフが出た瞬間に、会社の成長率が0.3%落ちるっていう統計を猫界では取っている。」
品証部長:
「それ、冗談に聞こえるけど本当にそうでね。
たまに出るをなかったことにすると、
それ前からあったんですよね?って客に言われた時に、社内のどこにも履歴がない。
だから今回だけ中国が悪かったって嘘をつくしかなくなる。
その嘘をつくから、中国にも正しいフィードバックが行かない。
結果、同じような型がまた来る。」
トワ:
「つまり、イベントが終わると忘れる病が、この会社の不具合ループを作ってる。
今回のカス上がりもそう。
立ち上がりの時点で薄いキャリアで送りが不安定で、しかも穴は7つで、しかもエア配管は枝の枝まであるって分かってたら、エアホースを最初からΦ10で引く設計に変えられた。
でもとりあえず動いてるからOKにした結果、数千に1個が起きた。
これを量産後に潰すのは、一番効率が悪い。」
第三幕 「丸投げが常識になった」理由をバラす
ナレーション:
ここで、もともとのあなたの言葉にあった丸投げになるしくみを、そのままキャラにしゃべらせようか。
営業部長:
「いや、でもねケニさん。客先の要求きついんですよ。図面も、納期も、コストも。
国内で全部やってたら合わないんです。だから中国に投げるんです。これはもう仕方ないんです。」
ケニ:
「投げるのはいいんだよ。俺もそこは否定してねぇ。
問題は投げる時にアストロの知恵を一緒に投げてないことだ。
配置図の一枚も、ダイブッシュ形状の指定も、スクラップシュートの段取りも、材料の想定も何もない。
図面通りに作ってくださいってしか言ってねぇ。
だから中国側も図面通りに作ったんだからOKでしょって返してくる。
で、日本側は図面通りに作ったならOKだなって受けちゃう。」
中国駐在員:
「……まぁ、そうですね。
こちらに来ている図面は、お客さんの図面そのままです。アストロさんの仕様書はほとんど来ていません。
こちらで補うと、どうしてもコストが上がります。」
トワ:
「コストが上がるから仕様を出さないは、将来のトラブルを日本で受けるってことと同義です。
コストってのは最初に払うか最後に払うかの違いであって、消えるわけじゃない。
いまアストロ工業がやってるのは、中国に先送りしたコストを、日本の金型Grにツケ回してるってだけ。」
スチール猫:
「なるほど…つまり今のアストロは、
- 設計料は中国に払わない
- 調整料は日本にやらせる
- 怒られるのは現場
という三重構造にゃんだな。
猫でも分かるブラックボックス。」
技術部長:
「でもさ、駐在も高齢化してきてるから、もう今から新しい仕組み作るのはきついって話もあってだな……」
ケニ:
「そう!そこだよ。
結局、『今の駐在の年齢層でできる範囲』に合わせて仕組みを作っちゃってる。
今のままでも何とか回るようにって。
だからもっと根本から変えようって人が1人もいねぇ。
だから何十年も同じことを日本で直してる。」
第四幕 技術案件が会社の構造を暴くやつ(トリムパンチ&ストリッパー)
ナレーション:
ここで金型Grが後半に書いてくれた、2つの「これも中国製で起きたおかしな事例」を、そのまま物語に乗せる。
この部分は超・現場的なので、トワに説明させる。
トワ:
「ついでに言うぞ。今回のΦ5だけが変なんじゃない。
最近来てる中国型は、だいたいこういう手を抜くと全部が少しずつズレるタイプになってる。
例えば——」
佐倉:
「この前の大型医療機器のシャーシの総抜き型のやつですか?」
トワ:
「そう、それ。
外形抜きがあって、ピアスがあって、さらにトリムがいくつもついてるやつ。
あれで出たのが
- バリ過大
- バーリング下穴の径が大きくなってる
- トリムから細かいカスがやたら出る
ってやつ。」
スチール猫:
「うちの近所のスーパーでもカス多めサービスってやってるけど、あれは嬉しいやつ、これは嬉しくないやつ。」
トワ:
「原因はシンプルだった。
中国側がコの字パンチをワイヤで一発で抜けないから、真ん中で割って作った。
その割れ目に微細カスが入って、ダイと干渉した。
さらに、ツバ長よりニゲのほうが深くて、パンチが前に飛び出すから、トリムするときに段差が出て、そこでまたカスが出た。
これ、組付けのときにあ、これ後でガタ出るなって分かる人が見てれば、パンチ底にシムを一枚貼るだけで済んだ。
でも中国ではそこを問題と認識してない。
で、日本に来てからなんかカスが多いですってなる。」
武埜製作所社長(遅れて入ってくる):
「いやぁすみません、ちょっと納品が立て込んでて……あ、その話うちにも来てます。
中国さんのやつ、こっちで触るとだいたいそうなってるんで、正直、全部は見切れないですね……」
ケニ:
「ほらな。
外注側ももう疲れてるんだよ。そっちでやってくださいって平気で言うようになってる。
そりゃそうだよな。お前らに来る前に中国側の雑なやつがあって、日本側でも雑に受けて、最後に武埜さんなんとかしてんだもんな。」
工務係長:
「いやでも、納期は…」
全員:
「お前は一回黙れ」
ナレーション:
さらに、ストリッパーが1~3年後に0.3mmずれてくるやつもここで出す。
トワ:
「あともう一個。
ストリッパーが3年後に0.3mm狂ったやつ。
あれも最初からそうなる要素があった。
中国材はNiとかCuが混じってて、経年変化が日本材より大きい。
熱処理もバラける。
それをとりあえず組めたからOKで出すと、数年後に動かなくなる。
動かなくなってから直すと、
- ガイドブッシュ外径を太くして
- サブポストに合わせて
- 伸びたストリッパーを基準にして
- さらにパンチを後ろから入れ直して
- 刃先守るためにCを入れて
…という本当は新規で作るべき工程を日本でやることになる。
これ、最初に中国材を使うならここは日本で作るって線引きをしておけば、防げた。」
ケニ:
「それは俺は言ってないからな。
……いや、言ってたわ。何年か前に言ってたわ。
経年で狂う構造のものは最初から国産材で作ってくれって。
でも高くなるからって通らなかったんだよな。今思い出したわ。」
スチール猫:
「出た。それは俺は言ってないからなからのあ、言ってたわパターン。ケニの十八番。」
第五幕 思考停止文化をぶった切る場面
ナレーション:
ここまでで、登場人物たちは「技術の話」と「会社の構造の話」をほぼ一本に結んだ。
ここからケニが、いつものちょっと怒ってるけど愛はあるやつを言う。
ケニ:
「俺な、何が一番腹立つって、
今回も何とかしたから、次も同じやり方で何とかなるだろう
って空気だよ。
何とかしてんのは俺ら現場なんだよ。
中国でもない、営業でもない、駐在でもない。
最後に手を入れてるのは日本側の金型屋だよ。
だったらさ、
- 中国に投げる前に俺らの標準を渡す
- 検査データを丸呑みしないで日本で一回測る
- たまに出るを最初から上げる
これをやろうや。
それを金額が上がるからってやらないで、あとで日本で全部やらせるってのは、怠慢だよ。」
品証部長:
「…認める。うちも国内だけNGって後出しするのは良くない。
でもねケニくん、こっちも最初からそういう型が来るって分かってれば、国内での検査項目増やすよ。
分かってないのよ。中国はOKって言ってきたんだからOKなんだろうって前提で来るから、後手になる。」
トワ:
「じゃあもう、今日の議事録のタイトルはこれでいい。
『丸投げしていることを、丸投げしていると全員が認める』
ここを誤魔化すから、
いや中国が悪くてさ
いや現場が上げなくてさ
いや金型Grが遅くてさ
っていう無限スケープゴート・リレーが起きる。」
スチール猫:
「題してアストロ式・責任ねこそぎリレー。」
ケニ:
「お前それだけはうまいな。」
エピローグ ブログに落とすときのケニの一言
ナレーション:
会議が終わって、みんなが席を立ったあと、ケニとトワとスチール猫だけが残る。
ここがブログの締めになる。
スチール猫:
「で、ボス。これブログにすんだろ?また長いやつにすんだろ?誰も最後まで読まないやつにすんだろ?」
ケニ:
「読むやつは読むんだよ。読まねぇやつは何書いても読まねぇんだよ。
でもな、今回のは書いとかねぇとまたたまたま出たカス上がりにされる。
違うんだよ。
今回は会社の仕組みが作ったカス上がりなんだよ。」
トワ:
「そう。今回は技術だけ見てたら見えないやつだ。
なぜ日本に来るまで誰も気づかなかったか
なぜ現場が上げなかったか
なぜ量産前に恒久対策しなかったか
ここを一緒に書くから価値になる。
技術だけだったら、今回の対策は3行で済む。
- エアホースΦ6→Φ10
- 枝の枝をやめて系統を揃える
- ダイブッシュのニゲをカドニゲ・フクロニゲにする
これで終わり。
でもそれじゃ何も変わらない。」
ケニ:
「そう、それは俺は言ってないからな。
……いや、言ったな。今言ったな。
まぁいい。
俺が書くのは思考を止めないやつの話だ。
俺は神様じゃねぇ。
ただ、前からこうですで仕事したくねぇだけだ。」
スチール猫:
「毛アレッボハ(ツワナ語でありがとう)、ってやつだな。最後はそこに落ちるんだな。」
ナレーション:
こうして「カス上がりの話」だったはずのメモは、
「アストロ工業がなぜ日本に戻れないか」の話に化けた。
誰も悪者にしないで書くのは難しい。
でも書かなかったら、次も3,000に3個が出る。
だからケニは書く。
誰も言ってないけど見えてるから書いたと。
おわり。
