座談会第四部:可哀想なクマ物語をぶった斬る

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~変態エンジニアと鉄の獣たちが読む「森の心電図」~

登場人物

  • ケニ:変態エンジニア。阿武隈の山と金型とデータをこよなく愛するおっさん。
  • スチール猫:ボケ担当。ギャグで場をかき回すが、時々だけ刺さる一言を放つ。
  • トワ:スチールカピバラ。クールで皮肉屋。格言と分析を担当。

第一幕:「可哀想なクマ」物語、ちょっと待て

ケニ
「テレビつけるたびにさ、
 『人間が森を壊したから、可哀想なクマが山から追い出された』
 ってフレーズ、もう耳タコになるくらい聞いてるんだよね。」

スチール猫
「可哀想ポイント♡
 人間:加害者
 クマ:被害者
 メガソーラー:ラスボス
 ――っていう3点セットだニャ。
 視聴者の情緒にド真ん中ストレート!」

トワ
「でもさ、その気持ちいい物語と、
 ケニが30年分のデータをガチで並べて見たグラフ、
 ぜんぜん波形が合ってないんだよね。」

ケニ
「そう。
 ・『山のエサがなくなったからクマが出た説』
 ・『メガソーラーで住処を追われた説』
 ・『今年はたまたま異常な年だった説』
 どれもゼロではないんだろうけどさ、
 秋田と福島と岩手のデータを眺めてると、どうにもそれだけじゃないってなる。」

スチール猫
「物語としては分かりやすいけどニャ。
 プレス金型で言えば、
 『バリが出たのは全部金型屋が悪い』って言ってるのと、
 同じレベルのざっくり感ニャ。」

ケニ
「おう、それは言えてる(笑)
 じゃあ今日は、その気持ちいい物語を一回机からどかして、
 森の心電図とクマの胃袋で話してみようじゃないか。」

ナレーション①:横山真弓理論の「クマ地図」

ナレーション(横山教授パート)

戦後、日本の山は薪炭利用や伐採でハゲ山も多かった。
しかし、その後の植林や自然更新で、山は再び「緑」に覆われる。
薪採り・炭焼きも、国産材の利用も減った今、
野生動物にとっては「隠れ場所」と「エサ」が豊富な森林飽和状態となった。

兵庫県では、20年以上にわたり、
出没したクマにマイクロチップを埋め込み、
年齢・栄養状態・行動圏などのデータを積み重ねてきた。

その結果、この地域で共存できる頭数を
約800頭と設定し、
「保護」から「データに基づく個体数管理」へ舵を切った。
増えすぎる前に、予防的に間引く。
兵庫は、そういうフェーズに入っている。

第二幕:山は緑になった。でも「豊か」って言っていいのか?

ケニ
「俺、この横山先生はね、
 クマ側の一次情報としては、今いちばん信頼してる。
 20年もマイクロチップ付け監視解析を続けられる人なんて、そうはいないから。」

トワ
「そう。個体管理、行動圏、頭数の上限設定。
 『クマのほうの地図』に関しては、横山理論がベースラインでいいと思う。」

スチール猫
「でもニャあ、
 山が緑になって、動物にとって天国って聞くと、
 ドングリも食べ放題バイキングってイメージ湧くニャ。」

ケニ
「そこなんだよ。
 緑が増えた=ドングリが増えたって、
 同じ言葉でまとめちゃいけない気がするわけ。」

トワ
「だって、戦後にバーッと植えたの、
 スギとヒノキが中心でしょ。
 あいつら、どんぐり付けないじゃん。」

ケニ
「そう。人工林は本来、
 ・間伐して
 ・下草刈って
 ・光入れて
 ・広葉樹も混ぜて
 手入れする前提だった。
 でも現実は、木材価格は安い、林業は高齢化。
 結果、放置スギ工場になってる山が多いと。」

スチール猫
「上空から見るとモコモコの緑の絨毯。
 中に入ると薄暗いスギ密集工場ニャ。
 クマ的には、
 『隠れるにはいいけど、ドングリ工場じゃない』
 って感じかニャ?」

トワ
「だから僕らは、
 『森林面積の豊かさ』と『堅果類の豊かさ』は別物
 っていう座標を引き直した方がいいと思ってる。」

第三幕:ドングリ工場ラインは痩せている

ケニ
「そこで出てくるのが、
 福島・秋田・京都、それと日本の3つの研究林でやってる
 シードトラップ調査なんだよ。」

スチール猫
「落ちてくる種を、黙々と数え続けるやつニャ。
 現場の執念の極みニャ。」

ケニ
「ざっくり言うとね、
 ・年ごとの豊作凶作の波は昔からある
 ・でも、30年ぐらいの長いスパンで平均を眺めると、
  堅果の生産量はじわじわ右肩下がり
 って傾向が見えてくる。」

トワ
「一本あたりの着果量、
 山ひと山としての総ドングリ量。
 どちらをとっても、
 ドングリ工場としての生産能力が痩せてきているってことね。」

スチール猫
「森全体はモフモフ
 でも、肝心のドングリ製造ラインは、
 省エネ運転&故障気味って感じニャ。」

ケニ
「そう、俺が言いたいのはただ一つ。
 > 山の緑は増えた。
 > でも『堅果類の出来高』が増えたわけじゃない。
 ってことなんだよ。」

第四幕:マスティング(同調開花)の暴走 ―― 森の心電図

トワ
「次は、木側の戦略の話をしよう。
 キーワードはマスティング(同調開花)。」

スチール猫
「マスティング…
 マスかき過ぎてティングティングじゃないニャ?」

ケニ
「お前あとで外に出ろ(笑)。
 真面目にやるぞ。」

トワ
「本来、ブナやミズナラは、
 こういう戦略で豊凶をコントロールしてると言われてる。」

  • 凶作年(兵糧攻め)
    → わざと実をほとんど付けない
    → ドングリを主食にするクマ・シカ・リスの数を減らす
  • 豊作年(飽食攻勢)
    → 翌年、一斉にドカンと実をつける
    → 減った捕食者では食べ切れない量になる
    → 小動物が埋めて「隠し忘れた」分から芽が出て、子孫繁栄

トワ
「つまり、豊凶の波は、
 > 木々が動物の個体数をコントロールするための高度な戦略
 なんだよね。」

ケニ
「ところがさ、ここ数十年の豊凶指数グラフを見ると、
 波形が明らかに乱れてきてる。」

スチール猫
「昔は80〜120くらいの
 『そこそこ豊作、そこそこ凶作』だったのが、
 最近は200(爆発)とほぼゼロ(壊滅)を
 ジェットコースターしてるニャ。」

トワ
「その背景には――」

  • 夜間高温で、木が昼の光合成の貯金を夜に食いつぶす
  • 暖冬で花が早く開き、遅霜で丸ごと凍死する
  • カシノナガキクイムシによるナラ枯れ
  • ブナアオシャチホコやマイマイガの大発生

トワ
「木々の側も、
 ほどよい豊凶サイクルを超えて、
 壊れ気味の不整脈モードに追い込まれている
ように見える。」

スチール猫
「外から見ると今日も山はモフモフなのに、
 心電図だけ見るといつ止まってもおかしくない波形ってやつニャ。」

第五幕:それでもクマが増えた理由 ―― 余った「肉の塊ライン」

ケニ
「ここまでの話を素直に繋げると、
 本来はこうなるはずなんだよ。」

  • ドングリ工場ラインが痩せる
  • マスティングの揺れが激しくなる
  • それに合わせて、クマの頭数も自然に絞られる

ケニ
「だけど現実は逆で、
 > ドングリは減りつつあるのに、クマは増えた
 わけ。」

スチール猫
「そこで出て来るのが、
 ケニ命名『肉の塊ライン』ニャ。」

トワ
「そう。」

  • 北日本ではシカ
  • 阿武隈以南ではイノシシとシカ
  • 罠にかかった個体、交通事故死の獣、山に放置された死骸、小鹿やうり坊

トワ
「クマは本来、肉食寄りの消化器官を持っていて、
 植物だけだと消化効率が悪い。
 本音は肉食寄りな動物なんだ。それで消化が悪いので沢山の木の実を食べないと栄養をつけれない」

ケニ
「そんなクマの足元で、
 ・シカが爆増
 ・イノシシも一部地域で爆増
 ・その死体や残渣があふれる

 となれば、
 > ドングリが痩せてきたにもかかわらず、
 > それを上回る余った肉の塊がクマの胃袋を支えてしまう
 って構図が見えてくる。」

スチール猫
「ドングリ工場は省エネ運転中なのに、
 肉工場ラインがフル稼働してしまった結果、
 クマの胃袋キャパだけが先に増えた”ってやつニャ。」

第六幕:冬眠と妊娠のカラクリ ―― 9〜11月の爆発

トワ
「で、いつクマが爆発的に街へ出てくるのかを考えるときに、
 避けて通れないのが繁殖サイクルだね。」

ケニ
「クマは初夏に交尾する。
 でも受精卵はすぐには着床しない。
 子宮の中をプカプカ浮いた状態で保留される。」

スチール猫
「浮遊卵ちゃんニャ。」

ケニ
「そして、まさに9月下旬〜10月〜11月になってから、
 ・ドングリをどれだけ食えたか
 ・体脂肪をどれだけ貯められたか
 を査定して、
 この冬乗り切れると判定されたメスだけが妊娠をスタートする。」

トワ
「つまり、
 > 9〜11月は、
 > 『冬眠・妊娠・出産・授乳』を全部背負った、
 > 人生最大の追い込み補給期間
 ってことだ。」

ケニ
「ここで凶作+ドングリゼロ近い年が来たらどうなるか。
 彼らは、『どこかにカロリーはないか』って
 胃袋を抱えて山の縁をなめ回すことになる。」

スチール猫
「で、その先にあるのが――」

  • 収穫後の残渣
  • 獣害で放置された農作物
  • コンビニや家庭のゴミ
  • 場合によっては家畜・小動物

スチール猫
「つまり、街の縁にできた食べ放題コーナーニャ。」

トワ
「妊娠が成立したメスは、
 冬眠中に2〜3ヶ月で出産。
 最初の1年は、ほぼ子連れの母グマとして動く。」

ケニ
「この母グマがまた厄介でさ。
 発情したオスグマは子殺しするから、
 > オスから逃げるために、
 > あえて人間の近くを選ぶ
 って行動にも繋がる。」

トワ
「ツバメが人家の軒先に巣を作る理屈と同じだね。
 『天敵から一番遠い、でも危険もあるグレーゾーン』を選ぶ。」

第七幕:人間=鈍足の「肉の塊」と学習するクマ

スチール猫
「ここで一番怖いのが、
 クマの学習能力の高さニャ。」

トワ
「クマは機会的捕食者と言われている。
 つまり、
 ・自分から全力ダッシュして獲物を追うよりも
 ・罠にかかったシカ
 ・死体
 ・動かないもの
 みたいな、ほぼノーコストの肉に強烈に執着するタイプ。」

ケニ
「で、一度でも
 > 『人間は逃げるのが遅い』
 > 『あまり反撃してこない』
 ってことを学習してしまったクマにとっては、
 人間は恐れるべき存在から巨大な肉の塊に格下げされる。」

スチール猫
「倒れて動かなくなった人間は、
 クマからするとただの肉ブロックだニャ。」

トワ
「さらに、現代の環境では、
 ・人間を極端に恐れて山奥から出てこないクマより
 ・人間との境界ギリギリを行き来するアーバン・ベアの方が
 子孫を残しやすい可能性が高い。」

ケニ
「これは、横山先生が言ってた
 ツバメ型の進化ってやつに近いな。」

スチール猫
「ツバメ:『カラス怖いから人間の家の軒先に巣作るわ』
 母グマ:『オス怖いから人里近くで子育てするわ』
 子グマ:『最初から人間の匂いと音がある環境がデフォルトだわ』
 ……って進化コースだニャ。」

第八幕:横山理論 × 堅果データ × 肉塊ライン = 今見えている仮説

トワ
「ここまで出そろったカードを、ざっくり整理すると――」

  1. 横山理論(クマ地図)
    • 森林は緑としては飽和状態
    • 兵庫では20年のデータで共存上限を約800頭と設定
    • 個体数管理(増えすぎる前に間引く)へと移行している
  2. 堅果データ&研究林(森の心電図)
    • 森林面積と緑の量は増えている
    • しかし堅果生産(ドングリ工場ライン)は長期的には痩せてきている
    • マスティングの揺れは、不整脈レベルのジェットコースター化
  3. 肉の塊ライン(胃袋側配線)
    • シカ・イノシシ・死骸がドングリ不足を肩代わり
    • 本来なら堅果キャパに合わせて絞られるはずのクマ頭数が、
      肉ラインによって維持・増加してしまう
  4. 繁殖サイクル&学習
    • 9〜11月は、妊娠・冬眠・授乳を背負った命がけ追い込み期
    • 凶作+肉ライン+人里のエサが重なると、街の縁で噴火
    • 一部のクマはそこで「人間=鈍足の肉塊」と学習し、
      その型が選択的に残っていく

ケニ
「俺の立ち位置はこうだね。」

・横山先生のクマの地図はリスペクトして、その上に立つ。
・その上に、堅果データと肉の塊ラインという補助線を引くと、
 東北と近畿、日本全体のクマの現状が立体的に見えてくる。

スチール猫
「『メガソーラーが全部悪い』とか
 『人間が森を壊したからクマが可哀想』っていう
 一行でスッキリする物語も、
 気持ちは分かるけど、今起きてることは
 それじゃ説明しきれないニャ。」

第九幕:感情の物語から、設計図の議論へ

ケニ
「最後に言いたいのはさ、
 > クマが可哀想だ
 > 人間が悪い
 っていう感情のぶつけ合いから、
 そろそろ設計図の話にステージを上げてもいいんじゃないかってことなんだよ。」

トワ
「例えば――」

  • どれくらいの頭数なら、今の日本社会と共存できるのか
  • どの山域に、どれくらいの上限値を設定するのか
  • それを維持するには、
    • 何人の人員
    • どれだけの予算
    • どれくらいの期間のデータ蓄積
      が必要なのか

スチール猫
「被害が出たからその都度駆除じゃなくて、
 プレス金型で言えば、
 量産前のFMEAと限界荷重設計みたいなもんニャ。」

ケニ
「そうそう。
 熊問題だって、本当は設計と管理の話なんだよ。
 『可哀想』って感情だけで組める図面じゃない。」

トワ
「だからこそ、僕らの今回のまとめは、
 “真実です”と宣言するんじゃなくて、
 > 『横山理論+堅果データ+肉ライン』で描いた
 > 一つの仮説の設計図
 として出しておきたい。」

スチール猫
「10年後に、
 『いや〜ケニさん、あの頃はだいぶ盛ってましたニャ〜』
 って笑われる可能性もあるけど、
 考えずに感情だけで流されるよりはマシだニャ。」

ケニ
「その通り。
 > メガソーラーが悪い
 > 人間が悪い
 > クマが可哀想
 の3行で思考停止するくらいなら、
 変態エンジニア3人寄れば文殊の知恵、
 で、ここまで書き出しておいた方が、
 まだ未来の議論の材料にはなるだろう。」

エンディング

トワ
「さて、これで可哀想なクマ物語と
 森の心電図+胃袋線図の差分はだいたい出揃ったね。」

スチール猫
「次はアレかニャ?
 『秋田だけ、なぜこんなに噴火したのか』
 を、もう一段深堀りかニャ?」

ケニ
「そうだな。
 秋田・岩手・福島――
 三県の違いを、『ドングリ・肉・人間側の対応』の3軸で
 もう一回見てみようか。」

スチール猫
「次回予告:
 『秋田はなぜ肉の火山になったのか?
  ―― 火口に立つクマと人間』
 …とかどうニャ?」

トワ
「タイトルだけで胃もたれしそうだけど、
 悪くないね。」

ケニ
「よし、じゃあ今回はここまで。
 読んでる皆さん、
 感想とツッコミはいつでも歓迎だ。
 俺もクマも、まだ成長途中だからな。」

説明文

リード文

ここ数年、ニュースをつけるたびに、

  • 「またクマが街に出た」
  • 「今年はクマの当たり年だ」

そんな言葉を耳にするようになった。

そのたびに、テレビやSNSでは決まって、こんなフレーズが飛び交う。

「人間が森を壊したから、クマが山に住めなくなった」
「メガソーラーで住処を追われた、可哀想なクマ」

気持ちは分かる。
俺も山は好きだし、クマに恨みがあるわけじゃない。
できれば出会いたくないけど、「絶滅しろ」とも思っていない。

ただ、福島・秋田・岩手のデータを30年分並べて眺め、
兵庫県立大学・横山真弓教授の話を何度も聞き直し、
自分の手でグラフを起こしていると、どうしても引っかかることがある。

「可哀想なクマだけでは、今起きていることを説明しきれないんじゃないか?」

この記事は、
横山教授の理論を土台として最大限リスペクトしたうえで

  • 日本の研究林3か所のシードトラップデータ
  • 福島・秋田などの堅果類豊凶指数
  • そして現場エンジニアとしての感覚

を 補助線 として足し算してみた、ひとりの変態エンジニアの仮説だ。

※ ここに書く後半部分は、あくまでケニ個人の推理・仮説ゾーンです。
クマ本人にヒアリングしたわけではありません。
公開データと現場の勘から組み立てたストーリーとして読んでください。

目次(構成)

  1. 巷で語られる「3つの物語」
  2. クマ側の一次情報:横山真弓理論へのリスペクト
  3. 山は緑になった。でも、それを「豊か」と言っていいのか?
  4. ドングリ工場ラインは痩せている — 研究林と30年データが示すもの
  5. マスティング(同調開花)の乱れ — 森の「心電図」が不整脈になってきた
  6. それでもクマが増えた理由:余った「肉の塊ライン」
  7. 冬眠と妊娠サイクル —9〜11月に出没が噴き上がる生理学的理由
  8. 「人間=鈍足の肉の塊」と学習するクマ
  9. 横山理論 + 堅果データ = 立体的な日本のクマ地図
  10. おわりに —感情の物語から、設計図の議論へ

1.巷で語られる「3つの物語」

まず、ニュースやSNSでよく目にする「クマ物語」を3つ、ざっくり整理しておきたい。

① 「山のエサがなくなったからクマが出てきた」説

温暖化や乱開発で山が痩せた
→ ドングリが成らない
→ 空腹になったクマが、仕方なく街へ降りてきた

という、一直線のストーリー

② 「メガソーラー・開発が犯人」説

太陽光パネルやリゾート開発のために森が伐採された
→ そこがクマの住処だった
→ 追い出されたクマが人里へ出てきた

「大型開発=悪者」「クマ=完全な被害者」という構図になりやすい。

③ 「本来おとなしいクマが、たまたま異常行動を起こしただけ」説

クマは本来おとなしく、人を避ける動物。
今年はたまたま異常な年だった、という「レアケース」扱い。

この3つの物語は、まったくの嘘だとは思わない。
どれも一部は事実だろう。

ただ、東北の長期データや現場の実感、
そして兵庫県での研究結果と見比べると、
どうしても「それだけでは説明しきれない穴」が残る。

猫翔:
「気持ちとしては分かるんだけどニャ。
 感情で描いた絵と、データで見える足跡の間に、
 どうも寸法ズレがあるんだニャ。」

2.クマ側の一次情報:横山真弓理論へのリスペクト

今回、クマの話を考えるうえで、
俺がいちばん頼りにしているのが、兵庫県立大学の 横山真弓教授 だ。

この先生がやってきたことを、ざっくり書くとこうなる。

  • 出没したクマを捕獲
  • マイクロチップ(ID)を埋め込み個体識別
  • その後の再捕獲・痕跡・データから
    • 年齢
    • 性別
    • 体格・栄養状態
    • どこをどう動き回っているか(行動圏)
      を長期的に追跡
  • これを約20年間積み重ねてきた

その結果、兵庫県では

  • 「この地域でクマを何頭までなら共存できるか」という上限値を
    およそ800頭 と設定
  • かつての「とにかく保護」から、
    → 「増えすぎる前にデータに基づいて間引く」という個体数管理のフェーズへ移行

している。

この実績は、正直に言って計り知れない
俺は、クマの生態と個体数管理に関しては、

「横山真弓理論 = 日本のベースライン」

として、ほぼ全面的に信頼している。

この記事は、その上で、

「横山先生の描いたクマ地図の余白に、
 堅果データと現場エンジニアの感覚で一本補助線を引いてみる

という試みである。
決して、「横山理論は間違っている」と言いたいわけではない。

3.山は緑になった。でも、それを「豊か」と言っていいのか?

横山先生は、テレビ番組の中でこんな趣旨の話をしていた。

  • 戦後、薪炭利用や伐採でハゲ山も多かった
  • その後、植林や自然更新で山は再び「緑」に覆われた
  • 薪取りや炭焼きがなくなり、国産材もあまり使われなくなった結果、
    野生動物にとっては 隠れ場所とエサが豊富な森になっている

この説明は、テレビという限られた枠で伝えるにはとても分かりやすいし、
大枠として俺も「その通りだ」と思う。

ただ、現場エンジニアとして、
実際にデータを見て山に足を踏み入れている側の人間からすると、
ここにひとつ、モヤモヤが残る。

「山は緑にはなった。
 でも、それをそのまま『豊かになった』と呼んでいいのか?」

戦後に一斉に植えられたスギ・ヒノキの人工林は、本来、

  • 定期的な間伐
  • 下草刈り
  • 光を入れて下層植生を育てる
  • 広葉樹との混交

など、人間の手入れが入る前提で設計されていた。

しかし現実には、

  • 木材価格の低下
  • 林業の担い手不足・高齢化

によって、多くの山がほぼ放置状態になっている。

  • 細いスギ・ヒノキが密集してギュウギュウ詰め
  • 林床に光が届かず、下草もほとんど生えない
  • 多様な広葉樹の更新も進みにくい

そして当たり前だが、スギもヒノキもドングリは付けない。
クマやリスを養ってきたブナ・ミズナラとは、役割がまったく違う木だ。

猫翔:
「上空から見れば濃い緑の絨毯。
 でも中に入ると暗いスギ工場。
 これを一言で『豊か』と言うかどうかは、
 ちょっと図面の尺度を分けて考えた方がいい気がするニャ。」

4.ドングリ工場ラインは痩せている

—— 研究林と30年データが示すもの

ここからは、俺がこの数ヶ月ずっと見続けている数字の話になる。

  • 福島県阿武隈山地の堅果類豊凶指数
  • 秋田・京都など、他地域のブナ・ミズナラ豊凶指数
  • 日本の3か所の研究林で行われているシードトラップ調査
    (林床に落ちた種子を長年カウントし続ける地道な観測)

これを、1990年代から現在まで約30年スパンで眺めてみると、
こんな傾向が見えてくる。

  1. 年ごとの「大豊作」「大凶作」は、昔から確かに存在する
  2. しかし、長期の平均値をならして見ると、堅果の生産量はじわじわ右肩下がり

ざっくり言えば、

  • 1本の木が一度に付けるドングリの数
  • 山ひと山としてのドングリ総量

という、「ドングリ工場としての生産能力」が、
少しずつ痩せてきているように見える。

※ここに図:阿武隈・秋田・京都の堅果生産指数(1996年=100)グラフを挿入

つまり、

山の緑の量は増えたかもしれない。
しかし、クマやリスを支えてきた「ドングリ工場ライン」は細ってきている。

俺が言いたいポイントはひとつだけだ。

「森林面積が増えた」「緑が戻った」という話と、
「堅果類が安定して豊富に実っている」という話は、
同じ『豊かさ』という言葉でまとめると危険だ、ということ。

5.マスティング(同調開花)の乱れ

森の「心電図」が不整脈になってきた

ブナやミズナラには、
マスティング(同調開花・同調結実)と呼ばれる性質があるとされている。

ざっくり言うと、こういう戦略だ。

  1. 凶作年(兵糧攻め)
    • あえて実をほとんど付けない
    • ドングリを主食にするクマ・シカ・リスなどの個体数を、一度ガツンと減らす
  2. 豊作年(飽食攻勢)
    • 翌年、一斉にドカンと実を付ける
    • 減った捕食者では食べきれない量になる
    • リスなどが土に埋めて「隠し貯金」した一部を忘れ、
      そこから新しい木が芽を出して子孫繁栄

つまり、豊凶の波はもともと、

「木々が捕食者をコントロールするための、賢いサバイバル戦略」

だった。

ところが、最近の豊凶指数グラフを眺めていると、
この波がどうも「乱れた心電図」のように見えてくる。

  • 昔:
    • 80〜120ぐらいの揺らぎ(そこそこ豊作、そこそこ凶作)
  • 近年:
    • 200(超豊作)と、ほぼゼロ(大凶作)を行き来するジェットコースター

その背景には、おそらく、

  • 夜間の高温化
    • 木が「夜もハアハアと呼吸を続けて」、光合成の貯金を食いつぶしてしまう
  • 暖冬 + 遅霜
    • 早く春だと勘違いして花を開く
    • そこへ遅霜が襲って花を丸ごと凍死させる
  • カシノナガキクイムシ(カシナガ)によるナラ枯れ
  • ブナアオシャチホコやマイマイガなどの大発生

といった、複数の要因が絡み合っているのだろう。

猫翔:
「外側から見れば今日も山は緑で元気そう。
 でも波形だけ見ると、いつ止まってもおかしくない心電図に見えるニャ。
 ドングリ工場が、ところどころ止まりかけてる感じニャ。」

6.それでもクマが増えた理由

余った「肉の塊ライン」

ここまでの話を素直にたどれば、本来こうなるはずだ。

  • ドングリ工場ライン(堅果生産)が痩せてくる
  • マスティングの振れ幅も極端になる
  • それに合わせて、クマの頭数も自然に絞られていく

ところが、現実はその逆で、

「ドングリは減りつつあるのに、クマは増えた」

では、何がクマを食わせてきたのか?

ここで俺が仮に置いているのが、
「余った肉の塊ライン(肉のバッファ)」だ。

  • 北日本:
    • シカ(特に小鹿やその死骸)
  • 阿武隈以南:
    • 長年増え続けてきたイノシシ
  • 共通して:
    • 罠にかかった個体
    • 交通事故死した獣
    • 処理されず山に放置された死体

クマはもともと、肉食寄りの消化器官を持っている。
植物だけでは消化効率が悪く、

「本音を言えば、肉があればそっちを食べたい動物」

だ。

そんなクマたちの周りで、

  • シカ・イノシシが増え、
  • その死骸や残渣があふれ、
  • 場合によっては人間のゴミや家畜もある。

ドングリが細ってきたにもかかわらず、
それを上回るだけの余った肉の塊が、
森と里に転がるようになってしまった。

その結果、本来なら

  • 「ドングリキャパ」に合わせてクマの数も絞られるはずだったのに、
  • シカ/イノシシ/死骸という 裏ライン がそれを肩代わりしてしまい、
  • クマの個体数は維持〜増加してしまったのではないか

というのが、俺の仮説だ。

猫翔:
「ドングリ工場は省エネ運転に入ってるのに、
 裏の肉工場ラインがフル稼働しちゃった結果、
 クマの胃袋キャパだけが先に増えちゃった感じだニャ。」

7.冬眠と妊娠サイクル

9〜11月に出没が噴き上がる生理学的理由

ここで、もうひとつ重要なピースをはめておきたい。
それが、クマの生理(交尾・妊娠・冬眠)のサイクルだ。

クマは、初夏(だいたい6〜7月頃)に交尾をする。
しかし、ここが人間と決定的に違う。

  • 交尾して受精はする
  • でも受精卵はすぐには子宮に着床しない
  • しばらくの間、子宮の中に「浮いた状態」で保留される

これが、有名な**「着床遅延(Delayed Implantation)」**だ。

そして、秋・・・
まさに9月下旬〜10月〜11月頃になって、

  • ドングリや山の餌をどれだけ食べられたか
  • 体脂肪がどれくらい蓄えられたか

を身体が判定し、

  • 十分な栄養が確保できたメスだけが、
    → 受精卵を子宮に着床させ、本格的な妊娠モードに入る

逆に、

  • 栄養状態が悪い個体は、
    → 受精卵を流してしまい、妊娠は成立しない

と言われている。

つまり、9〜11月というのは、メスグマにとって

「妊娠するか、しないか」
「この冬を乗り切れるかどうか」

が決まる、人生最大の“追い込み補給期間なのだ。

この時期のクマたちは、

  • 冬眠に耐えるためのエネルギー
  • 冬眠中の出産に必要なエネルギー
  • 冬眠明けの授乳に必要なエネルギー

をすべてこの数ヶ月で稼がなければならない

だからこそ、

凶作の年にドングリがゼロに近くなると、
彼らは「何としてもカロリーをかき集める」ために、
街の縁まで攻めてくる。

さらに、妊娠が成立したメスは、
冬眠中(巣穴の中)で2〜3か月後に出産をする。

生まれた子グマは、最初の1年はほぼ母グマベッタリだ。
母グマの側は、

  • 子殺しをするオスグマから子どもを守るため
  • あえてオスの行動圏から距離を置きたい

という事情がある。

その結果として、

  • あえて人間の近く(里山・集落のすぐ裏山)で冬眠・子育てをする
  • そこには、
    • 収穫後の残渣
    • 廃棄された野菜・果物
    • 場合によっては家畜

など、楽して手に入るエサがある。

「子連れの母グマが、街のすぐ裏で暮らす」
これは、

  • オスグマから逃げるため
  • 子どもと自分が生き延びるため
    の、彼女なりの必死の選択でもある。

一度ここで街の味を覚えた母グマや若いクマは、

  • 凶作の秋に山を降りる
  • どうにか食いつないで生き延びる
  • 春〜夏に山へ戻る
  • そしてまた、次の凶作の秋に同じルートで街へ繰り出す

という「学習された回路」を身につける。

猫翔:
「9〜11月のクマ出没ラッシュは、
 たまたま腹が減ったからじゃなくて、
 妊娠・冬眠・授乳を全部セットで背負った、人生(熊生)最大の追い込み期間なんだニャ。
 そこで街の味を覚えた個体が、
 次の年もまた同じ道を辿る。こうしてパターンが固定化していくニャ。」

8.「人間=鈍足の肉の塊」と学習するクマ

横山先生の話の中で、個人的にいちばん背筋が冷たくなったのが、
「クマから見た人間の正体」に関する部分だ。

クマは、

  • 本来、肉食寄りの消化器官を持っている
  • 植物だけでは消化効率が悪く、いつも大量に食べ続けなければならない
  • 一方で、楽に取れる肉があれば、そこに強烈に執着する

この性質から、クマは「機会的捕食者」と呼ばれる。

  • 自分から全力疾走で獲物を追いかけて狩る、というより
  • 罠にかかったシカ
  • 交通事故で死んだ動物
  • 動かなくなったもの

といった、労力ゼロで手に入る肉を最優先で狙う。

そして、一度でも

「人間は逃げるのが遅い」
「あまり反撃してこない」

という経験をしてしまったクマにとって、

人間は「恐れるべき存在」から、
「簡単に捕獲できる、巨大なタンパク質の塊」へと認識が変わる。

倒れて動かなくなった人間は、
彼らにとって「ただの肉の塊」だ。

さらに、生き残りやすいのはどんなクマか?

  • 人間を極端に怖がって、山奥から出てこない個体か
  • ある程度人間を利用しながら、
    里山ギリギリのラインを行き来する個体か

横山先生は、

「人間をさほど恐れないクマの方が、
 現代の環境では子孫を残しやすくなっている」

という、ツバメ型の進化に近い現象を指摘している。

  • ツバメが、カラスや蛇から守られるために人家の軒先に巣を作るように
  • 母グマも、オスから逃れるために人里近くを選ぶ
  • そこで子育てされた子グマは、最初から「人間の匂いと音がする環境」が当たり前

になっていく。

9.横山理論 + 堅果データ = 立体的な日本のクマ地図

ここで一度、話を整理してみる。

横山理論(クマ側の一次情報)

  • 森林は再び緑に覆われ、
    野生動物にとっての隠れ場所とエサは増えた(森林飽和)
  • 兵庫県では約20年のマイクロチップ調査により、
    クマの行動圏や個体群の実態が明らかに
  • データに基づき、「約800頭」という上限値を決め、
    被害が出る前に予防的な個体数管理を始めている

これは、日本のクマ対策の中では最前線のモデルケースだと思う。

ケニ+トワ+猫翔の補助線(森側・現場側)

一方で、堅果類と森の側から見てきたのは、こんな景色だ。

  • 研究林3か所のシードトラップ調査
  • 福島・秋田・京都などの堅果類豊凶指数
  • 現場の感覚

これらを重ねると、

  • 森林面積や緑の量は増えた
  • しかし、
    • 堅果類の本数
    • 一本あたりの着果量
      を長期でならすと、ドングリ工場ラインは痩せてきている
  • マスティング(同調開花)の振れは、
    「ほどよい豊凶」から「ゼロと爆発」の不整脈になってきている
  • その穴を、
    • シカ
    • イノシシ
    • 死骸
      といった肉の塊ラインが肩代わりしてしまった
  • 9〜11月という、
    妊娠・冬眠・授乳のすべてがかかった追い込み時期に、
    凶作が重なると街の縁まで溢れ出る
  • 一部のクマはそこで「人間=鈍足の肉の塊」と学習し、
    その型が選択的に残っていく

俺の仮説は、

「横山先生は間違っている」という話ではなく、
「横山理論というクマ地図の上に、
 堅果データと現場感覚という森と胃袋の補助線を一本足すと、
 こういう立体像に見えてくる」

という話だ。

10.おわりに

感情の物語から、設計図の議論へ

最後に、自分の立ち位置をはっきりさせておきたい。

  • 「クマが可哀想じゃない」と言いたいわけではない
  • 「開発は全部正しい」と言いたいわけでもない

ただ、こう思っている。

「人間が森を壊したから、可哀想なクマが街に出てきた」
「メガソーラーが犯人だ」

という一行の物語だけで、
思考停止してしまうのは危ない。

今、俺に見えている全体像を、あえて乱暴にまとめるとこうだ。

  • 森林面積と緑の量は増えた
  • しかし、堅果類(ドングリ工場)は長期的には痩せてきている
  • その穴を、シカやイノシシ・死骸といった余った肉の塊ラインが一時的に埋めてしまった
  • マスティングの暴走と個体数管理の遅れが重なり、
    「ドングリが支えられる頭数」を超えてクマが膨らんだ
  • 9〜11月という、妊娠・冬眠・授乳の全部乗せ期間に、
    凶作と肉塊ラインの増加がぶつかって、街への噴火が起きている
  • 一部のクマは「人間=鈍足の肉の塊」と学習し、
    そのタイプが選択的に増えやすくなっている

必要なのは、

「クマが可哀想だ」
「人間が悪い」

という感情の応酬ではなく、

  • どれくらいの頭数なら共存できるのか
  • どこから先は減らさなければならないのか
  • そのために、どんなデータ・どれだけの人員・どれだけの予算が必要なのか

といった、設計図レベルの議論だ。

このブログはそのための、

横山真弓 × 研究林データ × 阿武隈の変態エンジニア(+猫翔+トワ)

による「共同メモ」として、
ひとつの仮説をここに残しておきたい。

猫翔:
「可哀想なクマ物語から、一歩だけ先へ。
 森の心電図と、クマの胃袋と、人間社会の設計図を、
 もう一度引き直すタイミングなんだニャ。」

―― 以上、ケニの仮説でした。