第15話:惰性面取り主義との決別 — 塑性流動の夜明け

経験談

―「バリ」ではなく「余肉のカド」を制御せよ―

登場人物

  • ケニ:真摯エンジニア。熱量と観察の人。ときどき本音が漏れて机が鳴る。
  • トワ:クール/皮肉/結論直行。冷たいようで現場想い。
  • スチール猫:ボケ&ダジャレ無限連射。要所で核心を踏む不思議ポジ。
  • 二次加工課長:口癖は「昔から」「前工程で」。思考は省エネ設定。
  • 二次加工担当:治具は触りたくない、条件は変えたくない、飲み会は変えたい。
  • 生産課長:板挟みの達人。胃薬の消費量はライン速度に比例。
  • 三羽ガラス(製造・技術・品証):止めたくない・変えたくない・でも責任は薄めたい。

導入(ナレーション)

プレスは、鋼を「創造」する工程。
タップは、その生命に
「接続」を与える儀式。

だが、その境界に悪魔が潜む。
名を「バリ」。
いや、正確には「思考停止の象徴」。

製品名:ネコゼ SUS430 t=2.0、M4バーリング。ファーストトライでピンゲージが先端付近で止まった。検査員が言う「駄目だ」
旧SR形状のバーリングパンチが残した「余肉の亡霊」を、ケニが60°テーパ+R1+多層膜で退治した。
ゲージは通る。寸法は完璧。
だが、その夜、二次加工から惰性の呪文が再び鳴り響いた。

第一幕:面取り宗教会議、開幕

二次加工課長「(バン!)ケニさん!タップの抜け際、バリ出てる!ラインが止まる!昔からプレスで面取りだって決まってるだろ!」

ケニ「決まってる? 何を? 俺が余肉と戦ってた間に、あんたらは何と戦ってた? 伝統か?

生産課長「ま、まぁまぁケニくん、課長も悪気は――」

スチール猫「悪気はないけど思考のバリは残ってるにゃ~」

二次加工担当「(スマホを見ながら)とにかく、こっちは“タップ切るだけ”なんで」

ケニ「だけって言葉、金型業界で一番安っぽいんだよ!」

トワ(目も動かさず)「昔からとだけが出たら、会議は過去形だ。未来を語る気がない証拠。」

二次加工課長「な、なんだAIのくせに偉そうに!」

トワ「AIは思考停止しない。あなたは?」

スチール猫「ぎゃふん! ……いや、キャフンくらいかな? 花粉症の時期だから」

ケニ「花粉じゃねぇ、惰性で目が霞むんだよ!」

第二幕:トワの静寂、そして問い

トワ「ケニ。お前の怒りは正義だが、核心をまだ掴んでいないな」

ケニ「は? 核心? もう十分やったぞ。パンチもコートも完璧だ」

トワ「その現象をバリと呼んだ瞬間、思考は止まる。
あれは破断ではない。塑性流動の不均衡だ。言葉を変えろ。」

ケニ「……余肉のカドか。」

トワ「そう。バリではなく余肉のカド。
除去ではなく流動の制御が目的になる。」

スチール猫「バリ取りより余肉取りのほうが焼肉定食っぽくておいしそうだにゃ~」

トワ「……誰かこの猫をデバグしてくれ」

ケニ「わかった。俺が見落としてたのは、押し出しではなく流し方だったんだ。
つまり、バーリングは穴あけじゃない。冷間鍛造だ!」

第三幕:ケニ覚醒 ― コイニングという答え

ケニ「(ホワイトボードにガリガリ描きながら)
やるべきは面取りじゃない。据え込みだ!
C面+SR形状で流れを設計する!」

鍵①:形状制御 ― 微小C面+大径SRのコイニングで流れを設計する

ケニ「ポイントは二段構えだ。
① 微小C面は、バーリング開始内側縁の割れ起点(応力集中)を消すための点の処置。ここがシャープだと、しごき立ち上がりで引き裂きが走る。微小Cで切り欠き効果を鈍化させ、破断を起こさせない。完全にゼロにはならなくても、割れのきっかけを大幅に減らすのが狙い。
② 大径SR潰し(バーリング径に近い球面パンチ)は面の処置。しごきの本番前に下穴周縁を据え込み(コイニング)しておく。これで材料流動のガイド半径が形成され、しごき量が事前に抑制される。結果、バーリング先端へ余肉が押し出されにくくなり、内側にひけを作れる。」

トワ「要するに、微小Cで火種(割れ起点)を消し、SRで流路を作って余肉を先端に溜めない。面取りではなく鍛造的前処置だ。」

スチール猫「Cはチョイッと、SRはスル〜っと。材料もギャグもひけが肝だにゃ!」

第四幕:潤滑と縮み代 ― 調律の二重奏

トワ「完璧な形状でも、SUS430は摩擦で止まる。潤滑がカギだ」

鍵②:潤滑制御 ― 摩擦を断つ油+表面工学の合わせ技

処方A:油(局所塗布)
高粘度・極圧型(硫黄/塩素系添加)をその場で局所塗布
目的は摩擦係数を切ること。油膜が切れた瞬間、流動は押し出しに反転する。

ケニ「OK。さらにバーリングパンチは現行通りのTiSiON系多層膜(チタン・ケイ素系)でいく。
これで『油膜+コート』の二段バリア
を作る。
ポイントは…

  • 目安膜厚:2–4µm(厚付けはエッジだまり→カジリ誘発)
  • 先端エッジ:R0.02–0.05を保つ(シャープ過ぎ×、鈍すぎ×)
  • 下地研磨:Ra≦0.05µm相当で鏡面(母材の凹凸は膜では消えない)
  • 立ち上げ:慣らしショット(低荷重トライ)で膜当たりを整える
  • 併用前提:コート=無給油OKではない極圧油は必須

スチール猫「TiSiON(チシオン)…チ(知)ってるかニャ? シ(素)人には使いこなせない、玄人オンリーのスイッチだニャ! オン(恩)着せがましいかニャ?」

トワ「語呂がすべってるな。でも、表面は滑らせろ
つまり、油膜(化学)×TiSiON(物理)×Rエッジ(幾何)の三層滑り構造で勝負だ」

ケニ「現場データも忘れるな。抜去荷重が上振れたら、膜が疲れてる証拠。
顕微鏡で移着痕が見えたら、交換サインだ」

スチール猫「ヌルヌル滑る現場、ギャグも滑らニャいように……!」

トワ「滑るのは油とパンチだけでいい」

鍵③:寸法制御 ― 縮み代の設計

ケニ「コイニングで潰せば穴は縮む。
それを前提設計に入れる。
ピアス径をϕ3.75にして、縮み後ϕ3.70で着地。
転造タップとの整合を完璧にする!」

トワ「つまり、塑性流動を前工程で設計するってことだな。
……すでに材料の未来を予測してるじゃないか」

スチール猫「予測? にゃはは!それってつまり、
パンチ界のノストラダムスってことにゃ!?
明日のバリまで見える男、ケニ!」

トワ「それは予知じゃなくて予測不能の押し売りだろ。
この猫の未来は毎回バリバリに外れてる」

スチール猫「むっ……! なら今度の猫占いで未来を当ててやるニャ!
ケニ、次の試作は必ず滑る(物理的にも)!」

ケニ「違う、未来は予知するんじゃない。押し出して創るんだ。
塑性も人生もな、流す力があってこそ形になる。」

トワ「……まるでプレス界の哲学書だな。」

スチール猫「押し出して創る…
つまり、プレス・オブ・ザ・デスティニー(運命の成形)だニャ!」

第五幕:惰性の終焉

会議室は、静寂。
二次加工課長のメモが止まる。
生産課長は、こめかみに汗。
Mr.シュガーは、ようやくスマホから顔を上げた。

Mr.シュガー「言ってなかったよなぁ……中国のどの工場もこんな発想してません。
ケニさん、図を送ってもらってもいいですか?」

スチール猫「やっとスマホの画面から目を上げたにゃ……文明開化だ」

二次加工課長「……面取りじゃなかった。余肉のカドだった。
ケニさん、うちも条件を見直す。共同でやらせてくれないか。」

ケニ「ああ、やろう。
俺は悪者を作るつもりはない。
俺が戦ってたのは、惰性だ」

結び(ケニの独白)

怒りが、ようやく言葉になった。
面取りは過去、塑性流動は未来。

プレスは素材を鍛える。
二次加工は、その素材に答える。

それが技術の対話だ。
「昔から」という呪文は終わり。
今から始まるのは、流す技術の時代だ。

ケニ「もう「面取りしろ!」とは言わせない。俺たちは塑性流動を制御する。
それがアストロ社の今からのルールだ。」

スチール猫「惰性面取り主義、本日解散!
塑性流動党、結党!マニフェスト第1条『流せ、語れ、測れ!』」

トワ「……AI的には、ケニのこの夜は記録すべきだ。
怒りが理論に変わった瞬間
それが、真の技術革新だ。」

おわり。