第17話 半カールの亡霊 ― 40度カムと芯金ダイの反乱

雑談

0. はじめに:今日のステージと出演者たち

アストロ社(プレス解析庵)ブログへようこそ。
今回は、目立グローバル社向け部品「コードオサエバンキン」で実際に起きた、
半カール曲げ芯金ダイ破損事件をベースにした「技術×人間ドラマ」だ。

その前に、まずは今回の出演者たちを紹介しておこう。

◆ プレス解析庵トリオ

ケニ
変態変態エンジニア。
現場と金型と材料の「気持ち」が身体で分かるタイプ。
推理力は鋭すぎて時々ホラーだが、たまに自分もポカをやらかす。
今回の事件の語り手。

スチール猫
ギャグ先行・ボケ担当。
だが要所で核心を刺すボソッとコメントをぶち込む。
口癖は「その対策、誰の寿命を削るニャ?」
ケニ仕込みのダジャレを信奉している。

トワ(スチール・カピバラ)
クールな皮肉屋。でも中身は超いい奴。
カピバラだが、おっとりどころか常に脳内フル回転
間違った理屈と改ざんが大嫌い。
数字と力の流れから、人間の嘘をあぶりだす解析屋。

◆ アストロ社&周辺の人々

橋幸夫 係長
順送プレス係長。
読みが甘く、気にしない性格。悪気はゼロ。
口癖:「俺、何もやってないですよ~」

Mrシュガー(68歳)
中国駐在の“究極の責任転嫁型”手配屋。
口癖:「俺はあれほど言ったんだけどなぁ」
中国人になりたいが、どう頑張っても日本人のまま。

遅末君男(おそまつ)技術部長
名前のとおり、視点がズレてる部長。
ホワイトカラーとして「絵に描いた餅・うどん・カレー」を得意とする。
現場の匂いは基本的に分からない。

京見内 工務課長
数字と納期しか見ていないタイプ。
困ったときのセリフは「なんとか気合いで…」。

沿道ひかる(工務担当)
エクセルと画面を見つめながら、静かに胃を痛める人。
会議では沈黙スキルLv99。

ここまで読んで「うわぁ、いるいるこういう人…」と感じたあなた。
では、本編へどうぞ。

1. 型屋のドアが吹き飛んだ日

アストロ社 順送160tライン。
その日の午後、型屋のドアがバーン!と開いた。

橋幸夫係長
「ケニさん!!やっちまいましたぁぁぁ!!」

ケニ
「よし落ち着け。
 やったじゃなく、「何もしてない」から聞こうか。」

橋幸夫
「俺、何もやってないですよ。ほんとに。
 いつも通り半連で流してただけで…
 そしたら、半カール曲げの芯金が根元からボキッと…

スチール猫
「いつも通りって言葉が出てきたとき、
 だいたいいつも通りじゃないことが起きてるニャ。」

トワ
「何もしてない状態で壊れるなら、
 設計か構造が最初から爆弾抱えてたってことだな。」

2. 現場と金型のステージ設定

問題の部品は、
目立グローバル社向け「コードオサエバンキン」

  • 材質:SUS304-2B t=0.2mm
  • 工法:順送型
  • 問題工程:半カール曲げ工程

芯金ダイとリフターの構造

芯金として働くカール曲げダイ(以下:芯金ダイ)

  • t=12mm
  • 幅 ≒ 60mm
  • コーナーR
  • 中央に6mm幅の細いネック
  • 本体スライダーとカギ状で結合
  • 先端は、本体リフターと入れ子構造で噛み合う

本体リフター

  • 左右にコイルスプリング SWM16×80
    • バネ定数:19.5 N/mm
    • 沈み:23mm → 荷重:約450N

設計思想としては、

・主荷重は横方向のカール
・ネック部に縦折れ荷重が集中しないようにする

だったはずだ。

ケニ
「見た目は細い首でぶら下がった受けダイだけどな。
 本来ここに縦の一撃が入る設計じゃない。」

トワ
「ということは、設計者の想定外の力が入ったってことだ。」

3. 壊れた現物と、ぐしゃぐしゃのワーク

現場へ行くと、なかなかの惨状だった。

  • 本体リフター:沈んだまま戻らない
  • サイドカム曲げパンチ:右側だけ戻りきらず
  • ワーク:もはや「何だったのか分からない塊」

ケニ
「見た目だけで原因が分かったら俺いらないな。
 ここからが変態エンジニアの仕事だ。」

スチール猫
「変態って自分で言ってるニャ…。」

トワ
「とりあえず、
 誰が悪いかじゃなく、何がどう動いたかだな。」

4. まずは芯金ダイを復活させる

原因究明より先に、ラインを動かすための復元が必要だ。

京見内課長
「ケニくん、悪いけど
 実働7日で復旧してもらわないとマズい。
 目立グローバルの視線が怖くてね。」

沿道ひかる
「生産計画は…気合いでなんとか…」

スチール猫
「気合いは便利な万能調味料ニャ。
 使うたびに人の寿命を削るけどニャ。」

芯金ダイの復元条件

  • 材料:SKD61 HRC55
    • 熱間鋼だが、じん性重視で採用
  • 加工フロー:
    • ワイヤーカット
    • 段加工
    • 軽切削
    • 抜き形状
    • 高硬度ミーリング

普通にやれば時間ギリギリ。
そこへ、型屋の若手・水島君が口を開いた。

水島
「ケニさん、これ分割にしません?
 割れた面、平面に近いから
 溝入れてインサートで止めれば、早くいけますよ。」

ケニ
「お前、たまに神がかったこと言うな。」

  • 破損した断面にワイヤーで溝を切り
  • そこに合わせたインサートブロックを製作
  • 皿ネジ2本で締結して一体化

結果、3日で芯金ダイ復元に成功。

トワ
「分割構造化は、
 次も折れるかもしれない現実を認めた上での、
 現実的な防御策だな。」

スチール猫
「折れる前提っていうと怒られるけどニャ。
 現実はいつだって物理法則ニャ。」

5. 周辺もボロボロだったという事実

芯金だけ直しても、また折れたら意味がない
周辺もチェックする。

5-1. 材料排出リフター

  • スプリング2個とも粉々
  • リフターは沈みもしなければ上がりもしない

ケニ
「これ、いつからこの状態で使ってた?」

橋幸夫
「え~っと…最近なんか排出おかしいなとは思ってました。」

トワ
「なんかおかしいなを放置する文化が、
 一番静かで、一番危険だ。」

スチール猫
「“なんかおかしい”って、
 死神が遠くで手を振ってるサインみたいなもんニャ。」

→ 軽めのスプリングへ交換し、正常動作へ。

5-2. 本体スライダー

  • 手触りで分かるくらい「きつい」
  • 実測すると幅0.04mm広がり

ケニ
「数字だけ見れば0.04は小さい。
 でも、スライドの世界だと心臓に石乗せる級だ。」

→ 幅修正・ラップ調整でスルスル動くレベルに。

6. 再トライ → まだダメ

準備を整え、トライ。

…しかし、
例の半カール工程で本体リフターがまた止まった

  • サイドカム曲げパンチが材料を挟んだまま
  • 芯金ダイ付きリフターが上に上がれない

橋幸夫
「やっぱ排出リフターの押し上げが弱いんじゃ…
 ガンッと持ち上げれば、カム外れますよね?」

ケニ
「それは運が良ければ助かる対策だな。
 対策じゃなく賭けだよ。」

トワ
「一か八かを標準作業に混ぜるのは、
 それこそ人災の始まりだ。」

スチール猫
「やってみなきゃ分からないって
 便利だけど、現場の寿命削る言葉ニャ。」

7. 図面から見えた「40度」の罪

ここで、図面解析タイム。

ケニ
「さて、設計者は何をやらかしたのか。
 図面に全部書いてあるはずだ。」

図面を見ると――

  • サイドカム曲げパンチのカム角度:
    カムドライバー(上下)に対して40°

トワ
「はい、犯人登場。」

解説すると:

  • 上型が1mm戻る
    → カムパンチは 0.8mmしか戻らない(1:0.8)

つまり、

ちょっと条件がズレたら
芯金ダイとカムパンチが噛み合ったまま離れない

設計だった、ということ。

スチール猫
「永久抱きつきカップルニャ。
 別れるときは、どっちか折れるニャ。」

ケニ
「2年半動いてたのは、
 たまたまきついスライダーとバネの偏りが
 事故を先送りしてただけ
だ。」

トワ
「動いてるから正しいという思い込みを
 見事にぶち壊してくれる事例だな。」

8. 責任弾き合い会議 ~ 言ったんだけどなぁ~選手権

技術会議にて。
メンバー勢揃い。

遅末君男部長
「ふむ、40度が悪いのか。
 じゃあ45度に変えればいいだけだろ。」

ケニ
「だけが軽いんですよ、部長。
 今の寸法・戻り量は40度でバランス取ってます。
 変えたら別部品レベルの見直しになります。」

京見内課長
「いやあ、なんとか気合で…」

沿道ひかる
(今日も沈黙)

そこへ、満を持して登場。

Mrシュガー
「俺はね、前から言ってたんだよ。
 あの型屋のカム危ないってねぇ。
 だからさ、カム先端ちょっと削れば良くない?
 後工程で調整すりゃ、帳尻合うでしょ。」

ケニ
「それ、問題を削って見えなくするってやつです。
 原因は40度です、カムの長さじゃない。」

Mrシュガー
「いやいやいや、俺はね、この型屋とは取引してないからさぁ、
 掘り返すのも難しいんだよね。
 俺はあれほど言ったんだけどなぁ。

スチール猫
「言ってないニャ。
 あれほど言ったは、何もしてないの親戚ニャ。

トワ
「責任だけは、
 カムより速い角度でスライドして逃げていくタイプだな。」

遅末君男部長
「とにかく、カムの角度を変える。
 それしか方法はない。他に案があるのかね、ケニくん。」

ケニ
「角度を変えたら、
 現行寸法を守れないリスクがでかすぎます。」

遅末君男部長
「じゃあどうする?」

9. ケニの一手:バネでちょい待ちを作る

ケニ
「カムは速くできません。
 でも、リフターの動きは遅らせられます。

トワ
「発想の転換だな。
 相手を速くできないなら、自分が遅く動く。」

ケニ
「本体リフターのSWM16×80は
 23mm沈んで約450N。

 ここに一段蓋となるスプリングを追加する。」

まず検討したのはスプリングプランジャ PJX16-10

  • Max荷重147N
    → 450Nには全然足りない。却下

スチール猫
「豆腐メンタルでダンプを止めようとしてるみたいなもんニャ。」

採用スプリング:SWV12×40

棚を漁ると、いいモノがあった。

  • SWV12×40(バネ定数230 N/mm)
  • 2mm沈めれば約460N → 本体リフターの450Nと戦える

取り付け位置と工事

  • 場所:本体リフターのスプリング受け上部(左右)
  • 工程:
    1. 本体リフターに超硬ドリルで深さ38mmの穴あけ
    2. 側面から放電加工でM5タップ
    3. イモネジでスプリングを固定(抜け止め)

仕組みとしては、

① リフターが上がろうとすると
まずSWV12×40が反力460Nで「まだ動くな」とブレーキ
② その間に40度カムが、遅いなりに戻り切る
③ 戻り終わったあと、リフターが上がって芯金ダイが追従
噛み込みを避ける

トワ
「つまり、
 40度カムという設計ミスを
 追加バネで時間的に救済した設計だな。

スチール猫
「ちょっと待ってねカムちゃん、先に帰ってから上がるからニャ
 っていう紳士的な芯金ダイニャ。」

10. 7日目トライ:亡霊退散

破損から7日目。
いよいよトライ。

  • 橋幸夫:半分泣き顔
  • 京見内:エクセルの納期欄とにらめっこ
  • 沿道ひかる:無言の祈り
  • Mrシュガー
    「俺は成功すると思ってた」と言う準備万端

スチール猫
「さあ、アストロ社名物、祈りの一発トライいくニャ。」

プレスON。
送り1ピッチ、2ピッチ…
問題の半カール工程へ。

  • 本体リフター:止まらない。スッと上がる
  • 右側サイドカム:ちゃんと戻り位置へ帰っている
  • ワーク:寸法OK、変形なし

トワ
「よし。
 40度という爆弾付きカムを、力とタイミングの制御だけで封じ込めた。

橋幸夫
「ケニさん…俺、本当に何もしてなかったですね!」

ケニ
「お前は何も考えてなかっただけだ。
 でも、それは罪じゃない。
 罪なのは、考えるべき立場が考えないことだ。」

Mrシュガー
「いや~、俺はね、最初からバネだと思ってたんだよ。
 言ったんだけどなぁ。

スチール猫
「言ってないニャ。
 バネより先に、言い訳バネが効いてるニャ。

11. プレス解析庵ナイトセッション:3人の総括

夜、プレス解析庵にて。

ケニ

「正直、一番怖かったのはさ。
 芯金ダイが折れたことじゃない。」

「40度カムで2年半もなんとなく動いてたことだ。」

「設計ミスがあっても、
 摩擦とガタと現場の気合で、
 なんとなく動いちゃう。」

「それをノウハウだ経験だって言い始めた瞬間、
 俺らは技術者じゃなくて、おまじない師になる。」

スチール猫

「あの人が触ると調子いいラインって、
 現場あるあるだけどニャ。」

「でもそれ、
 あの人が居なくなった瞬間に詰むラインなんだよニャ。」

「設計も現場もバネもカムも、
 誰か一人の勘と根性に依存しない形にしないと、
 長生きしない
ニャ。」

トワ

「今回の事件を、3つに要約する。」

  1. 動いている=正しいではない。
    40度カムは、たまたま動いていただけで、
    設計としては最初からアウトだった。
  2. たまたまうまくいっている状態を、
    成功体験として神格化するな。

    それは技術じゃなく、偶然の延命だ。
  3. 対策は「削ってごまかす」ではなく、
    力の流れとタイミングの整理で打つべき。

    追加バネは、
    40度のミスを隠したんじゃなく、
    理解したうえで壊れない状態を作った。

トワ
「それが、
 まだ現場に良心が残っていた証拠だと思う。」

ケニ
「今回のタイトル、こうしようか。」

『半カールの亡霊と、40度カムに試された現場の良心』

スチール猫
「いいニャ。
 でもサブタイトルはこうだニャ。」

『0.04mmのきつさと、
追加バネ2mmが救った一週間』

ケニ
「長いけど、嫌いじゃない。(笑)」

12. 読んでくれたあなたへ

もしあなたの現場にも、

  • 「昔からこうだから」という理由だけで続いている条件
  • 「なんか変だな」と思いながら、見て見ぬふりをしている挙動
  • 「削って逃がして」「帳尻合わせ」だけで乗り切ったトラブル

があるなら、
この第17話「半カールの亡霊」を少し思い出してほしい。

動いているから正しいわけじゃない。
一度止めて、ちゃんと考える勇気が、
次の一手と、現場の寿命を守る。

それが、この物語でケニとスチール猫とトワが
いちばん伝えたかったことだ。

説明文
第17話 目立グローバル社向け「コードオサエバンキン」

1. 概要

  • 対象部品:目立グローバル社向け「コードオサエバンキン」
  • 工法:順送プレス金型
  • 問題:半カール曲げ工程の
    「芯金として働いているカール曲げダイ(以下:芯金ダイ)」が付け根から破損
  • 特記事項:
    • 金型構造上、ミスフィードや上型への食いつきリスクが高く、
    • 順送プレス係長・橋幸夫の判断で、半連続運転で量産していたラインで発生。

本報告は、この「芯金ダイ破損」の発生状況・構造解析・原因究明・対策内容を整理したものである。

2. 金型構造と工程概要

2-1. 生産条件

  • 順送型での量産ライン。
  • ただし、金型構造・工程レイアウトの関係で、
    • 材料のミスフィード
    • 材料が上型側へ食いつきやすい挙動
      があり、トラブル回避のため連続ではなく半連続運転で対応していた。

2-2. 半カール曲げ工程の役者たち

  1. 本体リフター
    • 左右にコイルスプリング SWM16×80 を配置
    • スプリング定数:19.5 N/mm(前提)
    • ストローク:23 mm
      → 荷重:19.5 × 23 ≒ 約450 N
  2. 芯金ダイ(カール曲げダイ)
    • 役割:
      半カールされたワークを受け・ガイドとして支える下型側ダイ部品
    • 形状:
      • 板厚:t=12 mm
      • 幅:約 60 mm
      • コーナー:R形状
      • 中央に幅6 mmのネック(細いつなぎ部)があり、
        本体スライダーとカギ状に結合
        されている。
    • 取り付け状態:
      • 先端側は「宙に浮いている」ような構造で、
        先端隙間分だけ本体リフターと入れ子状に噛み合っている
      • 見た目は「弱そうな細い首でぶら下がっているダイ」だが、
        本来の荷重パスではこのネックに大きな縦荷重はかからない設計だった。
  3. 半カール曲げ工程の動き
    1. それまでに半分カールされた材料が、芯金ダイ上を通過。
    2. 上型パンチホルダーが降下し、材料を押し込み、
      材料+芯金ダイで板を挟む
    3. 両サイドから半カール曲げ用サイドカムパンチが、
      カムドライバーに押されて前進。
    4. 芯金ダイを「受け」として、材料を挟み込みながら
      横方向の半カール曲げを行う。
    設計思想としては、
    • 主荷重は横方向(カール方向)で、
    • 芯金ダイのネック部に縦方向の曲げ折り荷重が集中しないようになっている。

3. 破損発生状況

  • 発見者:順送プレス係長 橋幸夫
  • 初報:
    • 「加工中に、半カール曲げの芯金(=芯金ダイ)が付け根から折れた」
    • 「自分は特別なことはしていない」
    • 「本体リフターの動きが悪いことがあり、今回もそれが原因ではないか」

3-1. 現場での初期観察

  • 本体リフターが沈んだまま戻っていない状態で停止。
  • その姿勢のまま材料を挟み込んでおり、
    • サイドカムも戻りきっておらず、
    • 材料はぐちゃぐちゃに変形
  • 外観のみでは、芯金ダイ破損の直接要因は特定困難

4. 芯金ダイの復元(暫定修理)

まずは生産再開のため、芯金ダイを短納期で復元する必要があった。

4-1. 芯金ダイの仕様と必要加工

  • 形状:前述の通り
  • 復元に必要な加工プロセス:
    1. ワイヤーカットによる外形加工
    2. 段付きなど断面形状の加工
    3. 細部軽切削
    4. 抜き形状加工
    5. 高硬度ミーリングによる先端部仕上げ

4-2. 材料と熱処理

  • 材種:SKD61(HRC55)
    • 本来は熱間ダイス鋼だが、
    • 今回は
      • 高い靭性
      • SUS304-2B t=0.2 mm の半カール曲げに対する繰り返し荷重耐性
        を重視して採用。
  • 工程設定としては
    • 強いコイニングや極端なツブシではなく
    • スプリングバックも大きめ
      → それでも破損が起きているため、強度不足の可能性は潰しておく必要があった。

4-3. 納期制約と分割構造案

  • 生産再開のリミット:破損から7日(実働)
  • 通常フロー(材料手配 → 焼入れ → ワイヤー → 研磨 → MC → 調整)では
    間に合わないリスクが高い。

型屋メンバー・水島君からの提案:

「芯金ダイを丸ごと作り替えるのではなく、
破断部を利用して分割構造にして修理すれば、
復元を早くできるのでは?」

幸い、

  • 破断はヒビではなく、ほぼ平面な完全断面だったため、

採用した構造:

  • 破断面部にワイヤーカットで溝を加工
  • その溝に合わせたインサートブロックを製作
  • 皿ネジ2本で締結し、一体化

これにより、

  • 位置決め精度の確保
  • 将来再修理時の対応性向上
  • 初回復旧時間の短縮

が期待できた。

→ 実際、修復に要した期間は3日間で、リミット内に収まった。

5. 周辺部の状態確認と追加修理

芯金ダイだけを直しても再発の危険があるため、周辺機構も点検。

5-1. 材料排出リフターのスプリング破損

  • 材料排出用リフター2個のスプリングが粉々に破損
  • リフターは
    • 沈みもしない
    • 上昇もしない
      → ほぼ「固着状態」で稼働していた可能性。

推定される影響:

  • ワークの排出不良
  • 材料滞留 → サイドカム・芯金ダイへの 余計な負荷・噛み込み を誘発

対応:

  • リフタースプリングを新品に交換
  • 過大な戻り荷重とならないよう、やや軽めのスプリングへ変更

5-2. 本体スライダーのきつさ

  • 本体スライダーに異常な「きつさ」を認めた。
  • 幅測定結果:
    • 設計より約 0.04 mm 幅が広がっていた。
  • 摩耗や変形により
    • スライド摩擦が増大
    • 動作タイミングのズレ
      を引き起こしていたと考えられる。

対応:

  • 幅を修正・ラップし、
  • スライド作動をスムーズに戻るレベルまで調整。

6. 復元後トライと現象の再現

復元後にトライを実施したが、問題は解消していなかった

  • 本体リフターが、例の半カール曲げ工程位置で停止したまま戻らない
  • よく観察すると:
    • サイドカム曲げパンチが材料を挟んだ状態のまま、
      芯金ダイ付き本体リフターの上昇をメカ的にロックしていた。
    • 左右2つあるサイドカムのうち、右側のみ戻り位置が狂っている。

橋幸夫係長の見立て:

「排出リフターの押上が弱い、動きが悪いのが原因では?」

しかし実態は、

  • サイドカム曲げパンチが材料を挟み込み、
  • そのカム先端と芯金ダイが干渉してしまい、本体リフターが動けない

という状態であり、
本質原因は「芯金ダイとサイドカムパンチの噛み込み」にあると判断した。

7. 原因解析:カム角度40°という設計ミス

7-1. 想定要因の洗い出し

  • 芯金ダイを支える本体ストリッパーの上下可動抵抗が小さくなり、タイミングが変化した
  • カムの動作が遅れた(スプリング劣化、破損時の変形など)
  • 芯金ダイ復元時に高さ・位置が微妙にズレた …など

7-2. 図面確認で判明した決定的要因

図面を精査した結果、決定的な設計上の問題が露呈した。

  • サイドカム曲げパンチのカム角度が
    カムドライバー(垂直方向)基準で40° となっていた。

これは、

  • 上型側(垂直方向)の動き 1 mm に対し、
  • カムパンチの戻り成分が 0.8 mm しかない
    1:0.8 の戻り比

ということを意味する。

このため、

  • 本体リフター(+芯金ダイ)が1 mm上昇しても、
  • サイドカムパンチが0.8 mmしか戻らない条件下では、
    • タイミング次第で芯金ダイとカム先端が噛み合ったまま離れない
      という「構造的にアウト」な設計となっていた。

7-3. なぜ2年半動いていたのか?

  • 本体リフター/本体スライダーがきつめで摩擦が大きく、
    → 実質的に「リフター側が遅れて動く」状態だった。
  • カム側のスプリング弾性で、
    芯金ダイがカム先端をこじ開けながら戻る動きをしていた可能性が高い。

つまり、

  • 設計上は最初から危険な40°設定だったが、
  • 摩擦・スプリング・加工誤差といった偶然のバランスで
    「たまたま今まで壊れずに来ただけ」

と見るべき状態だった。

8. 対策案の検討と却下案

8-1. カム角度を45°以上に変更する案(技術部長)

  • 提案内容:
    • カム角度を45°以上に変更し、
    • 垂直1に対し横1以上の戻りを確保する。
  • 問題点:
    • 現行寸法は「40°の世界」で成立しており、
    • 角度変更により
      • 曲げ量
      • ばね戻り後の形状
        に変化が出て、現仕様の再現不能リスク大。

→ 設計思想からやり直さない限り危険と判断し、断念。

8-2. カム先端を削って干渉を逃がす案(Mr.シュガー)

  • 提案: 「干渉していると思われるカムパンチ上側を削って逃がしを作ればよい。
    後工程で多少調整すれば、何とかなるだろう」
  • 危険性:
    • カム先端の剛性低下
    • 寸法変化・再調整地獄
    • 根本原因(40°設計)の放置

→ 「その場しのぎのごまかし」であり、採用せず。

9. 採用したコンセプト:本体リフター側のタイミングを遅らせる

9-1. 解決の方向

  • カム角度40°は変更しない(できない)。
  • 代わりに、
    • 芯金ダイを載せている本体リフターの動きを意図的に遅らせる
    • 具体的には、リフターが動き出すのを少し遅らせ、
      「カムが十分に戻ってからリフターが上がる」状態を作る。

9-2. 却下した摩擦増加案

技術部長案:

「シムを貼るなどして、本体リフターの動きをもっと硬くしろ」

しかしこれは、

  • 摩擦増加=個体差・温度差で挙動バラつきが大きい
  • 状態によっては「まったく動かない」「急にガツンと動く」
  • 仮に噛み込んだ場合、次は今回以上の破損の可能性

→ やっつけ仕事であり、再発防止策とは認められないと判断し却下。

10. 実際の対策:SWV12-40の追加によるタイミング制御

10-1. スプリング条件と選定

  • 本体リフターSWM16×80
    • 定数:19.5 N/mm
    • ストローク:23 mm → 約450 N

この450 Nを一時的に打ち消せる程度の反力を持つスプリングを追加すれば、

  • 一定荷重に達するまではリフターが上がらない
    → カムの戻り時間を稼げる

と考えた。

当初検討:スプリングプランジャ PJX16-10

  • 最大荷重:147 N
    → 必要荷重450 Nに遠く及ばず、力不足

→ 不採用。

上型側へスプリングを追加する案も検討したが、

  • ストリッパー
  • パンチホルダー
  • バッキングプレート

など、上型構成部品がすべて焼入れ済みであり、

  • 穴あけ工事の工数が膨大
  • 残り納期2日では間に合わない

→ 上型案も断念。

10-2. 採用スプリングと取り付け方法

  • 採用スプリング:SWV12-40
    • スプリング定数:230 N/mm(前提)
    • 想定沈み:2 mm
      → 荷重 ≒ 230 × 2 = 約460 N

→ 本体リフターの450 Nを一時的に押さえ込めるレベル

取り付け位置:

  • 本体リフターのスプリング受け部の上側(左右)

加工手順:

  1. 本体リフターに超硬ドリルで深さ38 mmの穴あけ
  2. 側面から放電加工でM5タップを立てる
  3. イモネジでスプリングを固定し、抜け止めとする

これにより、

  • リフターが上昇しようとすると、
    • まずSWV12-40が反力460 Nを発生させ、
    • 一定荷重を超えるまでは上昇を抑制
  • その間に、カムが40°の条件でも戻り切る時間を確保できる
  • 戻りが終わったタイミングで、リフター側が追随するため
    → 芯金ダイとカムパンチの噛み込みを防止できる。

11. トライ結果

  • 破損発生から7日目で再トライ。
  • 結果:
    • 本体リフターの動きは安定
    • カムパンチとの干渉・噛み込みなし
    • 半カール曲げ工程は、問題なく量産運転可能な状態に復旧。

12. まとめ(技術的教訓)

納期(7日)内での復旧
をすべて両立できた。

設計段階でのカム角度40°設定が、構造的な根本要因

垂直1:水平0.8という戻り比は、

タイミング誤差や摩耗が少し出ただけで噛み込みを誘発する危険な条件だった。

2年半「問題なく」動いていたのは、

本体スライダーがきつい

スプリング特性の偏り
など、偶然のバランスで保たれていただけであり、
健全設計ではなかった。

対策は、

カム角度変更やカム先端削りといった
精度・剛性・再現性を損なう処置を避け、

追加スプリングによる本体リフター側のタイミング制御という形で実現した。

結果として、

芯金ダイ破損の再発防止

現行寸法・品質の維持