(舞台:工場。薄暗いプレスラインの脇。三人衆が立つ。ドラマティック対話型。)
Scene 1:半年の静けさ、そして水面下
ケニ(非凡ケニ)
「あれから半年。X社の市場クレームは、向こうのやりくりで表沙汰にならずに済んだ。
設計側では“プレス部品から微細カスが落ちることを前提”に、基板保護シート案や、納入後の再・超音波洗浄を検討。
でも、保護シートはコスト、超音波は設備能力でアウト。
“落下性カスはプレス側の産物。そっちのコストでどうにかしてくれ”って空気だったね。」
猫翔(スチール猫)
「基板にお弁当フィルム巻き巻き作戦は…(キリッ)
…え、違うの?(とぼけ顔)」
トワ(スチールカピバラ)
要点は3つだ。設計側は予算の障壁で撤退。洗浄側はキャパシティの天井に頭打ち。そして、費用の責任論点は今日も不明だ。結論、プレス現場は今日も「割を食う」という名の定食を食べている。
Scene 2:二度目の不具合、静かな来訪
ケニ
「そんなある日、海外で二度目の不具合。
同じ“基板ショート。他の要因は見当たらず、カス落下の可能性大。
X社が静かに来社して、担当課長が唾を飲みながらこう言った。
原因が御社のカスだと断定はしない。だがリスクは下げてほしい と。
最後に部長がボソッと“海外対応次第では、そちらの協力も”ってね。」
猫翔
「断定しないけど下げて。
これはわかりました、しか言えない魔法のフレーズだにゃ。」
ケニ
「うん、アストロ社としてもわかりましたの一点張り。
図面にも最初の取り決めにも“落下性カス”の条項はない。
だけど、ここで逃げたら現場が死ぬ。俺は金型を見直すことにした。」
トワ
「法的責任は曖昧化、だがゼロ要求は実質的に発動。
静かな通告、というやつだ。」
Scene 3:社内の温度差と、暫定対応の限界
ケニ
「社内会議。社長、部長、工場長、課長、係長、技術数名。
バリ・カスゼロに向けた会議をやったけど、腹の底では多くが
『プレスで付着ゼロは物理的に無理』『金型の工夫では解決できない』に傾いてた。
洗浄強化は投資が重すぎる。だから納品前エアブローで除去の暫定を継続。
でもこれはコストに乗らない。手直しが利益を食い潰す。」
猫翔
「永遠の暫定って正式名称じゃないの? え、違うの?」
トワ
暫定対策とは、恒久対策が間に合わなかったことを正当化する合言葉だ。利益の蒸発?それは気化熱ではない。「無償奉仕」という名の永久機関だよ。
Scene 4:真因の再探索——“傾斜カット”の怪
(ライトが金型の断面を浮かび上がらせる)
ケニ
「前回直した絞り部近くの外径トリムはOK。
カスもバリもほぼ無し。
……だが、その後工程。”絞り部の斜面を抜く“傾斜カット”で、大小さまざまなカスが堆積してた。
ここだな。第二の発生源。」
猫翔
「斜面抜きって、重力に逆らって切るから、カスが坂道ダッシュするんだよ。
……え、違うの?」
ケニ
「理屈はこうだ。
上型の抜きパンチの稜線が絞り形状の稜線と一致している。
パンチは斜面の途中で材料に当たるから、法線方向の反力に横成分が混じる。
その横力でパンチが外側へ“寄る(パンチ寄り/材料の動きも加勢)。
有効クリアランスを超えて刃先同士が干渉、刃欠け→バリ・カス増大。
小さくしがちなクリアランスは、逆に二次せん断とチッピングを誘発したわけだ。
ストリッパガイドがあっても、斜面の反力ベクトルはガイド直線を外れやすい。」
猫翔
「つまりパンチが寄り道したと。
……え、違うの?(どや顔)」
トワ
要点は3つ。斜面というものは、パンチを外に誘う悪魔の角度だ。結果、クリアランスは設計値を無視し、刃先同士が挨拶(干渉)し、微細カスが増える。「理屈通り動け」という方が無理なんだ。
Scene 5:対策——“鈍角の刃”で寄りを押し返す
ケニ
「では答え。詳しくは企業ノウハウだから核だけ言う。
逃げる刃先の“先端を鈍角にした。
パンチが斜面で横に寄ろうとする力に対し、鈍角面が押し返す“戻しを作るイメージだ。
鈍角は応力集中を緩めて刃先欠損を抑制、結果としてクリアランスを小さめに設定しても刃欠けしにくい。
もちろん鈍角抜きはバリが出やすい傾向があるから、
角度θ・面取りr・実効クリアランスを突き合わせ調整。
ストリッパ面圧も見直し、材料の横逃げを抑えた。」
猫翔
「鈍角で押し返す。格闘技かな?
“受けて流して、最後に押す”みたいな。
……え、違うの?(ニヤリ)」
トワ
原理は妥当だ。逃げるパンチに対し、鈍角面が「戻れ」と物理的に命令するわけだ。副作用のバリは、別のパラメータ(クリアランス、面圧)を絞ることで黙らせる。これは、トレードオフを「力技で捻じ伏せた」と表現する方が正しい。
Scene 6:結果、そして残課題
ケニ
「対策後、カスは激減。落ちても微細で軽いものが中心に。
ただしゼロではない。
手直し(最終エアブロー&拾い)はまだ続く。
でも、原因の一角は確実に潰せた。
次は手直しを無くす=落下性バリ・カス ゼロへ向けて、今やるべきことだ。」
猫翔
「永遠の暫定から卒業式にゃ。
校歌はカスゼロの歌。
……え、違うの?」
トワ
「まとめる。要点は3つだ。
- 傾斜カットは横力でパンチが寄る→刃欠け→微細カス。
- 鈍角刃+クリアランス最適化+面圧制御で干渉と欠損を抑制。
- 量と粒度は改善、だがゼロではない。次は手直しゼロの工程設計へ。
●次回、我々は落下性ゼロに向けた工程横断の手を打つ。」
(静けさ。プレス機の油の匂い。三人の影が長く伸びる。)
次回予告
「発生源を暴け」落下性バリ・カス、現場で解き明かす。
(現象再現/発生部位マッピング/刃先・荷重・面圧の相関確認/暫定封じ込めの実装)
付録:現場メモ(技術断片)
- 斜面抜きではパンチ接触点の法線ベクトルが横成分を生み、ガイド直線とズレる。
- 有効クリアランスは設計値 −(寄り+材料側の逃げ)。
- 鈍角化は応力集中とチッピングを緩和。角度θはバリ傾向と欠損抑制のトレードオフ。
- ストリッパ面圧/位置で材料の横逃げをコントロール。
- 仕上がりは粒度と個数で評価し、落下リスクは重力×搬送姿勢×静電×油膜で見る。
――三人衆は、次の地雷に先回りする。