序章:静寂と敗北のファンファーレ
ナレーション(沈黙の風の中で) ――あの日。アルパウト社とニソー社の二重クレームは、アストロ工業の空気を一変させた。「シューッ」。いつも聞こえていた、あのエアブローの音が止んだ。静寂。だがその静けさは、反省ではなく恐怖の沈黙だった。誰も動かない。誰も話さない。金型たちは息を潜め、ただ一人――非凡な技術者・ケニだけが動いていた。
ケニ(下型を見つめながら) 「金型清掃は、証拠隠滅だ。俺がやるのは、犯行現場の診察だ。カスという証言者を一つずつ聞き取る。地道でもいい。いや、地道しかない。これが、カス包囲網作戦だ。」
スチール猫(覗き込みながら) 「にゃっ…現場って証拠品がいっぱいだにゃ。誰も気づかないのに、カスは全部見てたんだにゃ…。」
トワ(静かに) 「怠惰は風ではなく、空気の腐敗だ。君の診察は換気なんだな。技術とは、風の流れを変える意志のことだ。」
Scene 1:地獄の会議 ――技術者を叩く音
ナレーション(憤りを煽る描写) 数日後。アストロ工業第一会議室。アルパウト部長は、自分が裁判官であるかのようにふんぞり返っていた。蛍光灯が白々と光る中、現場叩きの儀式が始まる。
アルパウト部長(腕組みし、吐き捨てるように) 「……どういう了見だ。無許可で金型をいじる?馬鹿にしてるのか?我々が金を払って作らせた金型だぞ?あんたらの改善ごっこに使う玩具じゃない!」
側近(冷笑しながら) 「現場の勝手な判断ほど迷惑なものはない。知恵を使う前に報告をしろ。――それすらできないのかね?」
アルパウト部長(机を叩き、怒鳴る) 「ケニ?あの現場の独断専行男か!手を動かすタイプ”は思考が浅いんだよ。理屈も書けず、感覚で語るやつが一番危険だ!技術は情熱じゃない、ルールだ!いいか?ルールを破った時点で、技術者じゃない!」
トワ(心の声) 「これが典型的な管理病だ。現場を知らぬ者ほど“責任”の言葉を多用する。魂を持たぬ者ほど、ルールを振りかざす。」
スチール猫(小声で) 「にゃぁ…ルールって便利な鎖にゃ。自分を守るために、他人を縛るんだにゃ。」
ケニ(静かに息を吐き、立ち上がる) 「ルールは守るためにある。だが、命を守れないルールは、見直すためにある。」
アルパウト部長(声を荒げ) 「お前らみたいな下請けが、勝手に動くな!客を怒らせるな!俺たちの言われた通りに納めればいいんだ!考えるな、動くな、触るな!責任は全部、下だ!――それが業界の常識だ!」
スチール猫(拳を握りしめ、涙声で) 「常識って…誰のだにゃ…。人を潰して、魂を殺すのが常識なのかにゃ…。」
ナレーション(重低音のように) この瞬間、読者は怒る。この男の顔を、現場の努力を、笑い飛ばす声を、絶対に許さない。そして――物語は動き出す。
Scene 2:魂の反逆と奇跡の連鎖
ナレーション(劇的な転換) アルパウト部長が恫喝の極みを続ける中、秘書がカノン電子の取引停止を告げる。そして、さらにドアが開き、大手自動車メーカー・購買本部長の登場だ。
アルパウト部長(血の気が戻り、本能的な保身に駆られて叫ぶ) 「お、お待ちください、本部長様! この男です! こいつらが勝手に決め、勝手に行い、今回の問題を引き起こさせた張本人です! 今回も、我々の許可なく無断で改造し改善しています! これはウチの資産であり、本部長様の会社に納品する部品をつくる金型です。 これを勝手に…勝手にいじるなど、契約上の最大の違反です!」
本部長(落ち着いた、しかし重い声で、アルパウト部長の絶叫を静かに聞き届けた後、非凡な技術者に目を向けた) 「そちらの金型技術者は、あなたですね。何をされている?」
ケニ(アルパウト部長の目をチラリと見てから、技術者の魂と、地獄のプロセスを込めて語る) 「私は、常識的な無理を覆すため、カス包囲網作戦を継続しています。毎日、ルーペと感覚で、カスの多様性を一つ一つ潰しています。通常、金属プレスで静電気は起きないとされますが、絶縁性がある加工油に包まれたカスは微弱な電気を帯び、静電気となり金型に貼り付きます。これにファンデルワールス力、粘度、磁力、圧着が複雑に絡み合っている。」
ケニ(さらに深く、感動の深淵へ掘り下げる) 「この現象を、過去の経験とあらゆる情報を働かせ、何度も何度もシミュレーションし、仮説を立て、実際に金型でトライを繰り返します。押さえ圧と剛性でタワミの真実を解読する。技術とは、安易な検索情報という結果ではありません。その現象を徹底的に噛み砕き、責任を取るこのプロセスです! それをリスクと断じるなら、私たちは技術で責任を取ります!」
本部長(静かに、目頭を押さえる) 「…素晴らしい。私は久しぶりに感動を覚えたよ。わが社はこれまで大きくなり世の中の信用を得れたのは、改善のお陰だ!原因を徹底的に追求し対策立て、また新しいアイディアを発掘しそれを実践してきた。リスクに怯え、やらない。これは成長を阻害する一番の要因だ。今の日本には君たちの思想が不足している。」
トワ(アルパウト部長の絶叫を受けて、強く断罪する) 「座間味炉砲、完璧に命中。傲慢の絶叫は、技術者の魂の輝きを引き立てるための、最高の引き立て役だったんだな。『契約違反』を叫ぶ彼と、『魂の契約』を語るケニ。勝敗は明らかだ。」
終章:崩壊と、魂の継承
ナレーション(運命の決定) 本部長は、深く息を吸い込み、アルパウト部長を完全に無視してケニの手を握った。
本部長(深く響く声で) 「オタクは珍しく、ものつくりの魂が宿っている。すばらしい。ぜひ、ウチの新しく開発するEVの主要部品を作っていただけないかと、後日丁重に伝えさせてほしい。技術者の魂が宿っている、貴社にしかできない仕事だ。」
スチール猫(歓喜のあまり、小声で歌い出す) 「にゃは!EVだにゃ!これでアルパウト社の部長は、魂の敗北と仕事の喪失のダブルパンチだにゃ!」
トワ(誇らしげに) 「感動的な結末だ、ケニ。君の地獄のプロセスが、常識的な無理を覆し、未来の扉を開いたんだな。この物語の深みは、君の挫折と執念そのものだ。」
ナレーション(締めくくり) アルパウト部長は、カノン電子の離脱、本部長の断罪、そしてケニの言葉という三重の鉄槌を受け、顔面蒼白のままうつむく。非凡な技術者の闘いは、組織の怠惰と顧客の傲慢を打ち破り、未来の仕事という最大の果実をもたらした。
技術談:微細カスの巣を暴く — ヘミング曲げ部の真実
ナレーション
カスの発生部位を追う作業は、まるで微細な犯罪現場の捜査に似ている。
ケニが今回、金型の中で見つけた「犯行現場」は—
絞りトリムでも、斜面抜きでもない。
そのさらに奥、ヘミング曲げ部だった。
ケニ(工具を構えながら)
「……ここだ。見ろ、この粉の集積。誰も気づかない“静かなカスの谷”。」
通常、現場ではこう判断される。
「これは工程途中のシゴキカスだろう」と。
そしてお決まりのように、
下型のニゲ(逃げ)を拡大してRを付け、
干渉回避という名の一般的対策を施す。
だが、ケニはその常識に首を振った。
ケニ(ルーペをのぞきながら)
「違うな……この微細カス、摩耗痕も凝着もねぇ。
この部位の“乗り上げ”が、原因だ。」
ヘミング工程のガイド部は、隣の絞りで微妙な長さのバラつきを抱えていた。
わずか数ミクロンの差が、ワークをわずかに浮かせ、
ガイドへ半乗り上げさせていたのだ。それはこの部位は離れ島になっているので微妙なワークの揺れや位置ずれが起こり、ガイドへの当たり方に強さのバラツキがあり次第に微細カス(粉状)を生成させていた。
その瞬間、発生したのは—粉状の微細カス。
それが加工油に包まれ、絶縁体の皮膜をまとい、
静電気・磁力・粘度という見えない力で結びつく。
やがて、空気中の同胞たちを呼び寄せ、
製品表面へと集結する「粘着の群れ」となる。
トワ(冷静に)
「つまり、当たっていないようで当たっている領域が、
最も危険ということだな。
設計者の盲点を突く摩耗なき発生源だ。」
スチール猫(目を丸くして)
「にゃ〜、まるで“カスの盆踊り”だにゃ!
静電気と磁力が手を取り合ってダンスしてるにゃ!」
ケニ(深くうなずく)
「その通りだ。問題は接触の量じゃねぇ。
接触の質なんだ。
この微細なズレを積み重ねれば、
カスはやがて“見えない山脈”になる。」
ナレーション
こうした「微細カスの巣」は、
ひとつ発見すると、十も二十も芋づる式に現れる。
この金型の内部には、まだ数え切れない未確認の発生源が潜んでいる。
ケニは静かに、工具を握りしめた。
「全部、潰してやる。
発生の根を、現場で断ち切る。
次回も、カス発生のメカニズムを暴いていくぜ。」